アルヴァロ・シザ / 伊藤 廉

Text : Yoshinao Yamada

Álvaro Siza
“ 海の近くで生まれた私は、霧の夜に聞こえる海の音やサイレンの音がずっと恋しかった ”

— Álvaro Siza
アルヴァロ・シザ

ポルトガルの海岸に立つ最初期作

ポルトガル第二の都市ポルトを拠点とする建築家、アルヴァロ・シザ。モダニズムの技法を用いながら、地形、気候、文化などの地域性を取り込むことで唯一無二の表現に昇華した建築は、世界的に高く評価される。ポルト北西部のマトジーニョスに生まれたシザは、この街に最初期の作品をいくつか残している。

シザの事務所に勤め、その建築や人物像に迫る『ポルトガルの建築家 アルヴァロ・シザ』を著したポルト在住の建築家、伊藤 廉はマトジーニョスを「古くから漁港や食品加工工場によって発展してきた町である。現在では、オフィスや住宅へと姿を変えている」と説明する。ここで紹介する2つの施設の南部にはポルトガル屈指の海上拠点、レイショインス港がある。一方で北部には海沿いにパイプラインをもつ石油精製施設があり、その開発の一環として遊歩道と2つの施設がつくられた。「この地域は波が高く、岩場が多いのですが、そうした状況においても海と親しめる場所をつくったのでしょう」と、伊藤。シザがどのように海をみつめ、建築をつくりだしたのか。シザと伊藤の言葉とともに、紹介していこう。

岩礁に水平の庇が伸びるレストラン。地形の高低差を活かし、エントランスを上階、ティーハウスとレストランを階下に配置した。

ボア・ノヴァのティーハウス&レストラン

1963年、シザは「ボア・ノヴァのティーハウス&レストラン」を発表する。複雑な岩場に溶け込むように立ち、窓からは大西洋の絶景が広がる。伊藤は、「近くのビーチではなく、より条件の厳しい崖に配置しています。丘の上ではなく、丘の頂部を少し越えた斜面に配置することでレストランの存在を隠している。窓にそれぞれ意味をもたせ、見える風景も調整しています。天然石、天然木、銅の樋など、素材感溢れる建築といえるでしょう」と説明する。

この建物は、この建物のコンペで採用されたシザの師であるフェルナンド・タヴォラの案が元となった。コンペでは、近くのビーチではなく岩場に配置したことが評価された。しかしタヴォラが海外に渡航することとなり、シザらが設計作業を引き継ぐこととなる。タヴォラの帰国後、その設計案を見てシザらに譲ったという経緯がある。

自然の岩を巧みに用いたアプローチ。そこでも風景がドラマティックに変化する。銅製の雨樋は一度はシンプルな形に変更されたが、今は現設計の形に戻っている。

体で海辺のダイナミズムを感じる

建物へのアプローチからして独特だと、伊藤はいう。高低差があるので、何度もクランクする階段とスロープでエントランスへ導く。敷地最頂部のエントランスに向かうため、訪問者は階段を登りながら、海を眺め、建物を眺め、ようやく室内へ足を踏み入れる。岩場を抜けて建物に入ると、階段を下りながらふたたび海への視界を得る。身体を通じ、地形と建築を存分に体感できる仕組みだ。海とのつながりが一時的に断たれ、その後ふたたび地平線が現れるという空間の意図をこうシザは答える。

「私もその解釈に同意します。エントランスにおける重要な検討事項の一つが、木製天井の一部に湾曲した曲線を設けることでした。ティーハウスに入ると、その曲線の向こうにある窓から海と水平線が見えます。外階段を上る間に見えなくなっていた海と空の景色が、ホールに入ると再び目に飛び込んできます」

レストラン内部。それぞれの席から海への眺望を楽しめる。家具もシザによるデザイン。内部の家具が高波にさらわれたことがあるが、アフリカ製の頑丈な材を用いたため海に浮いていたのを回収したという逸話も。

さらにシザはここでいろいろな風景を切り取る窓を設けたと、伊藤は言う。

「開放感を強く意識したのでしょう。窓はすべて下に収まり、地面に入り込むような仕組みになっている。ミース・ファン・デル・ローエが設計したトゥーゲントハット邸に通じる仕組みだと思います。家具も自らデザインし、いずれも低く抑えられている。身体を深く沈ませることで、外への視界が広がるような体験がもたらされます」

現在、建物はマトジーニョス市が所有する。ポルトガルを代表する料理人のルイ・パウラに貸与しており、ミシュランの星も獲得したことのあるレストランが居を構える。「私がはじめて訪れた時は、半分がレストラン、半分がカフェで、気軽にコーヒーが飲めました。とても荒い自然を感じられる海に突き出た岩場にあり、そうした環境下を静かに楽しめるのはとても素晴らしいものでした」と、伊藤は振り返る。白い壁に木材を多用した空間に、フランク・ロイド・ライトの影響も見られる。後のシザの建築を知る人には驚きをも与えるものだ。シザはこれまで、ここで二度の改修を行なった。最初の改修は装飾的な要素を簡略化するような内容だったが、二度目は原案に戻すような改修を行ったと伊藤はいう。

「シザが建築を学び始めたのは、モダニズムが終焉に差し掛かるころ。ポルトガルはヨーロッパの辺境にあり、モダニズムを簡単に受け入れることができなかった。そこで地域性と融合することで折衷的な表現がなされていったのですが、ここでも勾配屋根を採用したはそうした意識が働いたのだと思います。この後、シザは独自の表現に移行していきます。二度目の改修では若き日の表現を認める境地に至ったのではないかと思います」

岩場と溶け合うレサのスイミングプール

自然の地形と巧みに融合したプール。砂浜のビーチと人工的なプールが併存するユニークな仕組み。

同じくマトジーニョスの海岸沿いにある屋外プールが「レサのスイミングプール」だ。1966年の完成以来、人々に愛される。潮だまりの岩場に溶け込むようにつくられ、まるで海とつながっているかのようである。

岩場が続く海岸で、ところどころにビーチが点在するエリアだという。「砂浜や自然石があり、プールであり、ビーチである建物」と、伊藤はいう。道路から水辺までかなりの高低差があり、その解消が課題だっただろうと指摘する。また市からローコストでの建設が求められ、プールを囲う擁壁や更衣室などの要素を必要最低限で構成している。大地に彫刻したかのような施設だが、後のシザの建築にも通じるシャープなデザインが見える。

プールへと渡るL字型の橋で、連続してきたアプローチ空間は終わりを迎える。その先には、岩場と海に囲まれたプールの風景が広がる。

ここでもジグザグとした動線で自然を体感させ、プールへアプローチすることを意図したのだろうと伊藤は指摘する。ランドスケープと一体化した施設で、プールに向かう途中、更衣室、トイレ、シャワーがある。ここでシザは廃油で耐候性をもたせた木材を使い、コストの合理性をも追求した。コンクリート壁で岩を繋いだ大人用子供用の二つのプールは砂浜に隣接する。入水時は足洗い場で砂を落とす。もともと海水とプールの水が混ざり合うようなダイナミックなデザインを構想したが、それをシザは「現地を訪れ、景観を観察しているうちに、この『海のプール』は、潮の満ち引きによって常に様変わりし、形状を変化させるものになるだろうと理解しました」と語る。

「当初は高い潮が海水を運び、それが引くと水たまりができてプールになるという構成を目指していたようです。しかし衛生的な問題から許可は降りませんでした。いまは機械室で濾過をした海水をプールに使っていると聞きます。とはいえ、冬の高波でプールに海水が流れ込んでいるのを見ることがあります。コンクリート壁でなかなかプールが見えず、ようやく海が見えるというシザらしい空間。計画案ではここにもレストランを作るはずだったのですが、それは完成しませんでした。ポルトガルは西に海が広がるので、日が沈むのを眺められるプールでもあります」と、伊藤はいう。

海と一体化したプールは、のちに高級リゾートで一般化するインフィニティープールとも違う原初的な体験を楽しめる。

一年を通して日常にある海の存在

大西洋に面したこの国で、人々はどのように海を捉えているのか。「日本はどこか夏の代名詞として海を捉えているところがありますが、ポルトガルは一年を通じて日常的に通う生活の一部とも言える存在」だと、伊藤。

人々はビーチで本を読み、近くのカフェでコーヒーを飲み、サーフィンなどのマリンスポーツを楽しむ。一年中、人々が海にいる。同時に、かつての大航海時代を彷彿とさせる国のシンボル的存在でもあると伊藤は続ける。国が二方向で海に囲まれ、海岸線も長い。さらに大西洋に浮かぶマデイラ諸島やアゾレス諸島もポルトガル領で、現在もヨーロッパでもっとも海洋面積が大きい国である。それゆえ、経済との関わりも深い。

建築において、海はどのような役割を果たしているのか。そして海はシザにとってどのような存在であるのか。「海には抗いがたい魅力があります」と、シザはいう。

自然の岩場をそのまま生かし、海岸の地形に沿うように設計された海水プール。周囲の風景に溶け込むような形状としている。

「観光の目的として選ばれること、さらに海辺に永住する人々の心に与える影響からも見て取ることができます。私は生まれてから40年間にわたり、海のすぐ近くで暮らしていました。そしてポルトに引っ越すと、不眠に悩まされました――霧の夜に聞こえる海の音やサイレンの音が恋しかったのです。その新しい現実に適応するまでに時間がかかりました。また、海を一度も見たことがなかった人が、初めて目の前に海を目の当たりにした時の反応や感情が表れる様子も目にしてきました」

海には代え難い喜びがあると、シザの答えから読み解くことができる。伊藤にシザの人物像を尋ねると「イースター、クリスマス、正月くらいしか休まず、いつでも働いている人。人間的な強さを感じることも多かった。海沿いの路面電車で通学していたと聞いています。海が生活の中に一貫してあったのでしょう。以前の著作を読むと、海の話題もところどころで登場します。この辺りに住むと、海の音は生活の一部になるのです」という。

海とともに生きた建築家。その原点ともいえる空間には、海への深い愛情が込められていた。

写真提供:伊藤 廉
Realization:3710Lab


Álvaro Siza(アルヴァロ・シザ)
1933年、ポルトガル・ポルト近郊のマトジーニョス生まれ。1955年、ポルト大学建築学部卒業後、フェルナンド・タヴォラの事務所に勤務。1958年、自身の事務所を設立。ポルトガルを代表する建築家として国際的に活躍。代表作にレサのスイミングプール、セラルヴェス現代美術館など。1992年プリツカー賞受賞。日本では作品集『アルヴァロ・シザの建築』(TOTO出版)が刊行されている。
http://www.sizavieira.pt/

©Sofia Augusto

伊藤 廉(いとう れん)
1974年生まれ。Ren Ito Arq.(伊藤廉建築設計事務所)主宰、ポルトガル在住。東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻修了後、フジタ勤務、Architectural Association School of Architectureを経て、2004–2011年アルヴァロ・シザ事務所に勤務。著書に『ALVARO SIZA DESIGN PROCESS(アルヴァロ・シザ デザインプロセス)』(IST Press、ポルトガル)、『ポルトガルの建築家 アルヴァロ・シザ』(学芸出版社)
https://www.ren-ito.com/