“ 海は周囲で起きている変化を記録し、克明に映し出す力を持っている ”
地球の鼓動を捉える、水中のレストラン

誰にも帰属しない、開かれた自然
ノルウェーの最南端、リンデスネスの複雑に入り組むフィヨルドの岬の突端にあるレストラン「UNDER(アンダー)」。建物の半分を陸地に、残りの半分は海のなかに沈めるという奇想天外な発想は、どこから生まれたのか。設計を担当した建築・デザイン事務所、スノヘッタのアジアマネージングディレクター、リチャード・ウッドはその経緯をこのように語る。
「この半島でホテルを経営するクライアントから『ホテルに隣接するかたちで、新しいレストラン棟をつくりたい』と相談を受けたことが事のはじまりでした。エリア一帯は、夏になると海水浴やフィッシングでにぎわうリゾートスポットで、海の幸も豊富なのですが、より広く、深い視点からあたりを観察していくと、単に風光明媚な景勝地というだけでなく、ここにしか存在しない貴重な環境が存在していることが明らかになっていきました。僕たちスノヘッタは、常にそこにある状況、環境を観察し、関わるメンバー全員で意見を交わしながら設計を考えていく集団ですから、新しい建造物のかたちを考える前に、まずこのエリアの特性を十分に理解していく必要があったのです」
氷河の侵食が作り出した深い谷。そこから海へと流れ込む水が長い年月のなかで形成した凸凹のあるフィヨルドは、ノルウェーの風物詩とも呼べる特徴的な地形だ。さらに、「アンダー」があるリンデスネスは、スパンゲライド運河の河口付近に位置していることから、岬一帯は海水よりも汽水に近く、沖合は北海とスカゲラク海峡の境界にあり、複数の海流が交じり合っている。
「陸地だけでなく、唯一無二の海の様子もこの土地を構成する大切な要素です。単に海を間近に感じるレストランというだけでなく、もう一歩踏み込んだかたちで海と建築の関係性を紐解いていけないだろうか。プロジェクトメンバーで深い対話を重ねるうちに、さらに海の近くに、さらにもっと近くにと考えていたら、自然発生的に建物半分を海の中に入れようというプランが生まれました」

スノヘッタ(SNØHETTA)というアトリエ名は、ノルウェー中部のドブレフィエル山脈に位置する標高2,286mの最高峰から取ったもの。山の周辺には、野生のトナカイやジャコウウシなどの希少な動物が生息し、手付かずの豊かな自然が広がる。1989年の事務所設立以来、メンバーは、スノヘッタ山の自然に思いをはせ、自然が地球に生きるすべてのものが共有する資産であるように、建築もすべてのものに開かれるべきであるという理念を掲げてきた。建築は常にランドスケープや環境とつながり、調和するもの。この思想が、「アンダー」の建築としての独自性を引き出すきっかけとなった。


海と陸の中間域、エコトーンに立つ建築
さらに視野を広げ、より柔軟な発想へと展開するために、建築メンバーとホテルオーナーやレストランのシェフを交えての意見交換が続く。特にシェフからは、提供する料理や使用する素材、仕入れるものがどのような環境で、どのように生息するものなのかまでを聞き出した。
「野菜や肉の産地や風景を意識するように、魚介や海藻にも生まれ育った特有の環境があります。その環境の内部に入り込むような空間ができれば、さらに豊かな感覚で地元の海の幸を食し、自然の恵みを享受することができるはず」
スノヘッタは、陸域と水域という二つの環境が出会う「エコトーン(移行帯)」を、この計画における重要な場所として捉えた。 海と陸が交わるこの境界は、海のなかでも最も生命が豊かな場所の一つ。「アンダー」は、エコトーンの上に立つと同時に、比喩的にもそれを体現する建築だという。水中生物と陸上生物、それに加え両生類をはじめとした水陸の両方を行き来する生物が生息&繁殖し、同時に海面水位や陸部の水分量が常に変化する独自の環境システムも目の当たりにできる場所である。
スノヘッタは、建築現場の地形や土壌はもちろんのこと、周辺の自然環境を把握するために、植物相と動物相、風土、気候など、幅広いリサーチを実施。また、実務的な課題研究に加え、分野を超えた感覚的な意見交換が行われるように、スノヘッタ独自のアイデアワークと呼ばれるオープンディスカッションを積極的に行い、より柔軟で革新性に満ちた方向へとプロジェクトを導いていった。
レストランから、リサーチセンターへ
アプローチから見る建物は全体の半分ほどで、残りの半分は完全に海中に沈んでいる。海の底へと潜っていく感覚でレストラン内部に入っていくと、大きな客席の窓から美しい海の様子が眺められる。
水族館のように建屋の中に水槽を入れて、海の様子を限られたかたちで再現したものは数多く存在するが、「アンダー」から見る景色はまったくの別世界が広がっている。人の手がまったく介入していないありのままの自然、無限に続く水の風景は、天候や季節によって日々移り変わり、一つとして同じ画を見せることはない。「アンダー」が見せているのは、リアリティに満ちた海の姿なのだ。
当然のことながら、建物の半分を海中に沈めることは、地上での建築とは明らかに異なり、苦労する部分も多かったとリチャードは当時を振り返る。
「建物内は明らかに一定量の空気が充満しているため、浮力を帯びて必然的に上昇しようとします。ですから、基礎で支えるというよりも、建物全体を下に押さえつけるような意識のもとで構造を考えていく必要がありました。なので、当然のことながら内部に水が侵入したり、染み込んだりしないよう、外壁は二重皮膜に。そして、安定性を保持しながらも自然環境への影響を最低限に抑え、いずれ役目を終えた時に無理なく撤去し、移動できるように、建築をというよりもほぼ、車両をデザインする感覚でプランニングしています」

インテリア、家具、テキスタイル、グラフィックなども、すべてスノヘッタがデザインを監修。特に壁や天井を覆うファブリックは、来訪者が感覚的に海の奥へと引き込まれていく様子を表現するために、多彩な色糸を交えながら、淡い色から深い色のグラデーションを表現したオリジナルテキスタイルをデンマークのメーカー、クヴァドラ(Kvadrat)と共同開発した。「たぶん僕たちがデザインしていないのは、料理だけでしょうね」と、リチャードはほほ笑みながら話す。
「アンダー」は、確かな味を提供する高級店として、ミシュランガイドにも掲載され、2019年のオープン以来、訪れる人は後を絶たない。完成から7年が経ったいま、建物には海藻や貝類がびっしりと張り付き、次第に建物と自然とが一体に。この状況を受けて、日中には海洋学を専攻する学生や研究者などが頻繁に訪問する。リアルな海の生態を観察・研究するためのリサーチセンターとしての役割も果たしているという。


「私たちはこのプロジェクトを通じて、海の偉大さと可能性に焦点を当てています。アトリエの名の由来でもある山が不動の存在であるのに対し、打ち寄せる波の写真が一枚たりとも同じにならないように、海は常にかたちを変え、刻々と移ろうもの。山が普遍的で自然なありのままの地球の姿を見せてくれる場所であるならば、海は周囲で起きている変化を記録し、克明に映し出す力を持っていると言えるでしょう。環境に対する行動を起こさなければならない今こそ、海の様子をしっかりと見つめ、体感できるかたちで記録していく必要があると思います」
スノヘッタのデザインは、想像力に満ち、美しく、機能的であることに留まらない。地球の鼓動を捉え、顕在化し、我々により深い洞察を促してくれる。


Snøhetta(スノヘッタ)
建築、ランドスケープ、インテリアを横断する設計を目指し、1989年ノルウェーのオスロで設立。現在はオスロとニューヨークのほか、世界7カ所に拠点を構える。代表的なプロジェクトに、新アレクサンドリア図書館(2002年)オスロ・オペラハウス(2008年/ノルウェー)、911記念博物館(2014年/アメリカ)、北京図書館(2024年)などがある。日本では、「渋谷アッパー・ウエスト・プロジェクト(Tokyo Shibuya Upper West Project)」や「NOT A HOTEL RUSUTSU」などのプロジェクトを手がける。
https://www.snohetta.com/
Richard Wood(リチャード・ウッド)
アジア地区マネージング・ディレクター。アジア全域における同社のプロジェクト展開と価値観の醸成に注力している。 2012年よりアジア地域を拠点に活動し、大規模な公共・制度建築や都市計画プロジェクトの設計および主導を数多く手がける。設計活動の傍ら、建築およびデザイン教育にも積極的に取り組む。 英国のロンドン大学カレッジ(UCL)バートレット建築学校にて建築学修士号を取得。