王越 2050:ドットアーキテクツ

山から海へ歩き、”いま”を観察する
ー10の作物で王越の風景をつなぎなおすー

私たちは海と山に囲まれた王越を舞台に、UMI2050を構想する。自然・産業・暮らしが重なり合い育まれた風景は、産業構造の変化や人口減少により、消失・断片化しつつある。私たちはアートトレイルを歩いて巡り、“いま”を観察することで、自然環境と人々の営みの関係や風景を未来へつなぐ可能性を探る。

海とともに変容する王越町の風景

香川県坂出市北東部に位置する王越町は、人口約740人、高齢化率が64%にのぼる町である。北側は瀬戸内海に面し、残る三方は山々に囲まれた自然豊かな地域だ。中央には王越山がそびえ、その東西に二つの集落が形成されている。もともとは別々の村だったが、現在は一つの町となっている。かつては漁業や廻船業で栄え、讃岐三白である塩・サトウキビの苗・綿の生産が行われていた。また、サツマイモや麦などの自給用作物に加え、たばこや果樹などの商品作物の栽培も盛んであった。香川県では、ため池と水田が広がる風景が一般的であるが、王越もまた、山に囲まれ海に面した立地の中でため池と水田があり、まさに香川県の縮図ともいえる特徴をもっている。王越は、自然と歴史が息づくのどかなまちである。

Ogoshi 1956, photo : 王越農業協同組合(出典:王越校区連合自治会編『王越村誌』1980年11月3日、pp.4-5)
Ogoshi 2025, photo : dot architects

沿岸部にはかつて二つの塩田があり、海水と真水が交わる汽水域には、北海道・厚岸にも見られる珍しい植物「アッケシソウ(厚岸草)」が自生している。その種は、近くの湾や北前船によって運ばれたとも伝えられる。近年では、藻場の減少に対応するため、幼魚の保護やアマモの種の育成など、地域と協力した海の保全活動が進められ、王越でも町ぐるみで海の環境を再生しようという取り組みが続いている。

一方、かつての塩田跡地は現在、二つの産業廃棄物処理場として使われている。ひとつは自然再生やシイタケ栽培など、地域の自然を活かした多面的な活用も試みられる管理型処理場。もうひとつは建設資材や土砂を扱う一般型処理場で、堆積物は三階建ての建物ほどの高さに達している。この風景は、かつての海との関わりと、現代の土地利用が交錯する王越の姿を象徴している。

王越町の中央にそびえる王越山と旧塩田跡地(現・産業廃棄物処理場)、その先に広がる瀬戸内海。

王越プロジェクトが示したオーラルヒストリーの重要性

ドットアーキテクツが王越に関わるきっかけとなったのは、瀬戸内国際芸術祭「王越プロジェクト」であった。瀬戸内国際芸術祭は瀬戸内海の島々や沿岸地域を舞台に、地域の自然や文化、暮らしを芸術の力で再発見する国際的な展覧会で、2025年は100万人以上が訪れ、毎年大きな注目を集めている。

「王越プロジェクト」は、大阪を拠点に活動する庭づくり集団 GREEN SPACE(グリーンスペース)との協働プロジェクトで、2022年の芸術祭会期から開始された。本プロジェクトに課されたのは、王越の環境をよりよくするための提案である。「オーチャード王越」と名付けられた果樹園の整備を起点に、ドットアーキテクツは当初、農具小屋や展示スペースを設える役割として参画した。ところが、まちと関わる中で、まずは王越を深く知り、理解することが不可欠ではないかと感じるようになった。そこで2025年の会期には、地元住⺠への聞き取り調査や⽂献調査など多⾓的なリサーチを⾏い、その調査⾏為そのものを作品として展⽰した。そして次回会期である2028年を⼀つの完成形と⾒据え、調査と実践を往復しながら試行錯誤を重ね、継続的にプロジェクトを進めている。なお、今回の「UMI 2050」における提案内容はGREEN SPACEとの協働ではなく、ドットアーキテクツの視点からまとめたものだ。

2025年に実施した聞き取り調査の様子(photo : dot architects)。

2025年の調査期間には、敷地「オーチャード王越」にデッキとテーブルを設置して環境を整え、王越の方々への聞き取り調査を行った。大きなメモ用紙をテーブルに広げ、語り手と聞き手が自由に書き込む方法を採用し、対話のプロセスそのものを音声および文字データとして記録に残した。そこでは、文献には見られない地域の逸話や個人の記憶が次々と語られた。こうして集まった声を編み直し、冊子『王越のみなさんの語り』として刊行した。あわせて、王越における「失われたもの」と「残ったもの」を可視化する地図や敷地模型を制作し、暮らし‧産業‧自然の関係を立体的に読み解いた。

ドットアーキテクツ制作の王越町模型。
旗は、既存の建物や神社、フィールドワークで発見した風景を示している。

海から読み解く、自然と人々の暮らしの関係性の変容

王越だけでなく、日本の地域社会もまた、時代とともに変化してきた。かつては産業を媒介として、自然環境と人々の暮らしが密接に結びつき、山から海へと連なる環境の中で、地形・植生・生き物・産業は相互に関係しながら独自の風景と文化を形成してきた。しかし、産業構造の変化や人口減少により、こうした関係性は次第に希薄となり、かつて連続していた風景は断片的に残るのみとなっている。

この変化は、海と山に囲まれた王越地域においても顕著である。こうした現状を「海」という視点から捉え直し、失われつつある関係性をいかに未来へ継承し、再構築できるのか。この視点を手がかりに、ドットアーキテクツとみなとラボは実際に現地に赴き、フィールドワークを行った。

王越フィールドワークマップ

王越町の東西南北、町のあちこちを巡り、10か所以上の場所を訪れた。その中から、特に印象に残った6か所(A〜F)をピックアップ。

A. 地域住民によって耕作放棄地を再生して始まった、トンボの保護活動拠点「王越とんぼランド」。
B. 玉川池から望める島と満月が重なる風景は「何にも代え難い」と地元の方は語る。
C. 波が直接当たらない入り江などに生まれる汽水域で育つ、特殊な環境に適応した植物・アッケシソウ。(photo : 3710Lab)
D. 塩づくりの場だった土地は現在、産業廃棄物処理場として使われており、処理場の上には草木が生い茂っている。
E. 瀬戸内海歴史民俗資料館には漁具や船大工の道具、塩田の浜仕事の資料など、瀬戸内の暮らしを伝える展示が並ぶ。
F. 交流の里おうごしには、1960年頃に撮影された、塩田が広がっていた当時の貴重な写真が展示されている。

山から海へ―王越を一体的に捉える視点

一連の調査・フィールドワークを通して、王越は単なる沿岸集落ではなく、地質・植生・生き物・産業が複雑に絡み合い、山から海へと連続する一体的な環境として成り立ってきた地域であることが見えてきた。自然とともに暮らしてきた人々の具体的な風景や、王越固有のストーリーが浮かび上がる一方で、その多くがすでに失われ、あるいは失われつつある現状も明らかになった。

こうした知見を踏まえ、「海」を起点に王越全体をあらためて捉え直す視点をつくり出すことが、提案の出発点となった。

24年後への視座

今回の提案では、王越地域における自然‧産業‧暮らしの関係性が、過去から現在にかけてどのように変容してきたのかを読み解き、その延長線上に24年後の王越の姿を考える契機をつくることを目的としている。

文化人類学者の松村圭一郎が、「未来を正確に予測することは不可能であるが、未来は常に現在の延長線上にある」*と語るように、「今この場所で何が起きているのか」を観察する空間をつくることが、未来を考える手がかりになると考えた。

*参考ウェブサイト: 【第4回】文化人類学者‧松村圭一郎さんに聞く、5年先の旅のカタチ/株式会社JTB総合研究所

提案のコンセプト|海を起点としたアートトレイル

ドットアーキテクツは、海を起点に地域を捉え直す試みとして、王越全体をフィールドとする「アートトレイル」を提案。地域に点在する小さな「作物(さくぶつ)」を巡り歩くことで、かつて人々が見ていた風景に新たな視点を重ね、語りとともに現在の環境を観察する。その体験自体が、これからの海や自然との関係を考えるためのものとなることを目指す。

アートトレイルマップ

アートトレイルマップ 構成要素
❶オーチャード王越
❷煙草の乾燥小屋
❸海の集落〜船玉神社
❹梅宮八幡宮
❺王越山
❻木沢湾〜瀬戸内海
❼喜佐波神社
❽王越とんぼランド
❾五色台〜法印谷〜玉川池

「作物(さくぶつ)」という提案

提案の根底には、「作仏(さふつ)」という概念がある。これは、外から訪れた人がその地域や個人のために仏像をつくる行為などを指す言葉である。木彫や石彫による仏様づくりのほか、資料によると王越では、道の整備や川に橋を架けることも行われていたという。本提案における人工物は、未来に向けて王越地域に託される「作“物”」として位置づけられる。具体的には、アートトレイルに点在する10の人工物「作物」を計画する。

10の作物 サイトマップ

作物サイトマップ 構成要素
1. 山の観測所
2. 海の観測所
3. 人の観測所
4. 乾燥小屋
5. 小宮の東屋
6. 水盆
7. 北海道の土
8. 馬のみち
9. 作物
10. 渡海の家

自然と人々の暮らしにおける風景をつなぎなおす

10の作物は王越での調査から得られた固有のストーリーをもとに、抽象化された形態としてまちの中に点在させる。それらは風景の中にそっと佇み、地域に内在する関係性や記憶、そして現在の状況を観察するための場となる。かつて産業によって当たり前のようにつながっていた自然環境と人々の暮らしの関係性を、小さな建築を巡る体験を通して再びつなぎなおすことーーそれが、本提案における建築の役割である。各作物の位置はGoogleマップで示しており、ここから10の作物を順に紹介していく。


1.   山の観測所:山から海への出発地点

 「山の観測所」は玉川池のほとりに建ち、止まり木のように鳥がとまる空間である。主に鳥類観測を目的とした場所であり、山から海へと連なる景観を俯瞰できる視点場としても位置づけている。


玉川池からの眺望。

王越山と海を望む地点から、そこにとまる鳥を観察する。

2.   海の観測所:変わりゆく海岸線

「海の観測所」は、海岸線の変化を観察するための空間。王越で唯一残る砂浜において、額縁のようにフレーミングされた景色を眺められる場所である。開発や環境問題によって移り変わる海辺の風景を背景に、かつて岩場で遊ぶ子どもたちの姿や、白砂青松の美しい海岸が広がっていた記憶を今に伝える。


玉川から瀬戸内海へ。

波の音を聞き、風を感じ、海岸線を眺める。

3.   人の観測所:山の上から海を守る

「人の観測所」は、山の上に建てられた観測者のための宿泊小屋で、海を一望できる眺望をもつ。夜間には海に向けてライトを照射し、密漁者への警告の役割を果たす。この観測所は、かつて山に存在した番屋で人が泊まり込みながら密漁を見張っていた歴史を背景としている。


山の上から海をみる。

泊まりながら夜の海を守る。

4.   乾燥小屋:産業とともに失われた風景

「乾燥小屋」は、敷地「オーチャード王越」に配置する小屋で、利用者が自由に食材を入れて燻製を行うことができる。近代の王越は、たばこの産業によって栄えていた。かつては、それらを乾燥させるための、まちに点在する乾燥小屋から煙が立ち上る風景が広がっていた。しかし、産業の衰退とともにその風景は失われており、この小屋はその記憶を受け継ぐ存在となるだろう。


瀬戸内国際芸術祭の作品「オーチャード王越」。

乾燥小屋から煙があがる風景。

5.   小宮の東屋:身近な神様への信仰を未来につなぐ

「小宮の東屋」は、屋根が重なり合う小さな東屋で、王越の4か所に配置される。複数の小宮の中央に位置し、屋根はそれぞれの小宮の方角を向いている。この東屋は、王越地域に数多くの小宮が残る歴史的背景を踏まえ、見えにくくなりつつある身近な神様への信仰の記憶をつなぐ場として位置づけている。(*ここでいう「小宮」とは、小さな神社のことを指す)


左上:喜佐波神社、左下:身崎神社、右上下:梅宮八幡宮。

瀬戸内海に向かって西側、乃生地区にある「小宮の東屋」。

6.   水盆:すべての生き物の大切な資源

「水盆」は雨水を蓄える器で、生き物が生息する可能性をもつ小さな水辺。現在も、川沿いに多様な生き物が暮らしている。また王越の人々にとっても、水は古くから貴重な資源であり、水不足の際には、土に穴を掘って水を貯め、稲作に利用してきた。


水辺にあつまるカニたち(photo:dot architects)。

水を求めてやってきた生き物を観察することができる。

7.   北海道の土:植物がしずかに語る、はるか遠い地との繋がり

船のような形をした器に、北海道の土が入っている。場所は、現在アッケシソウが自生している荒地。現在の産業廃棄物処分場となっている、かつての塩田跡地には、真紅に染まるアッケシソウの景観が広がっていた。それは、この地に北前船による交易があり、北海道との産業的つながりを象徴していた。当時は、王越から送る塩と引き換えに、重しとして袋に入れた石や土を運んだそう。「北海道の土」は、失われた風景と海を介した交易の記憶を伝える存在として位置づけている。


王越町に生えるアッケシソウ(photo:dot architects)。

北前船を思わせる形の作物から、海の歴史をたどる。

8.   馬のみち:人と馬がともに山を越えた道、その先にある集落の記憶

「馬のみち」は、昔存在した集落へと続く道に、オブジェクトとして配置する。かつて王越の南側の山々の上にあった戦後開拓村・水落集落では、馬が荷物を運びながら人々の生活を支えていた。この道は、今は姿を消してしまった集落と、人々と馬がともに生きた記憶を伝える。


山越えへ続いていくこの道は現在茂みによって閉ざされている。

山越えの道の途中にたっている。

9.   作物:かつて歩いた道を未来につなげる整備

「作物」は、神社の旧参道沿いに配置したオブジェクト。このオブジェクトは、全体のテーマでもある「作仏」という概念の事例のひとつ、すなわち「道の整備と合わせ、その道の分岐点に石仏を建てていた」という歴史的背景に基づいている。2025年に行った旧参道の復旧に続いて、今後も失われつつある道の復旧を進めると同時に、昔の道の始まりを示す目印として、この作物を道沿いにそっと置いていく。


旧参道を歩く。

旧参道の入り口。

10.   渡海の家:海とともに生きる日常と、彼らが見ていた風景

「渡海の家」は、海の集落に配置された家である。はしごを上った先には、風になびく旗が立ち、瀬戸内海が広がる。昔、王越の海辺にある集落では、「渡海業」と呼ばれる物資や人を運搬する仕事があり、出航の日の朝には、家にたてかけた竹に旗をたて、船の出発を知らせていたという。


昔から船乗りの多い集落、浜条。

はしごをのぼった先に、瀬戸内海の朝日が広がる。

Text & Edit : dot architects
Edit : 3710Lab
Photos : Ichiro Mishima