菅俊一研究室が海を考えるーBlue Waves・Surfaceー

Edit/Writer: Kumiko Sato

2025年度、みなとラボと多摩美術大学統合デザイン学科の菅俊一准教授は、共同で海の探求プログラムを実施した。海への憧れをどのようにデザインに落とし込むのか、1年間の授業を追った。

目次
Phase 1 しくみを知る:2025年4月〜5月
Phase 2 知識や事実を、操作可能な要素に変換する:2025年6月〜8月
Phase 3 変換した要素で、体験化する:2025年8月〜10月
Phase 4 体験を実装する:2025年10月〜 1月

問い:海への憧れを抱く。海を好きになるには、どのようなアプローチが可能か。
実施方法:2025年5月から2026年3月までの期間、毎週月曜3・4限に実施(基本)

Phase1
しくみを知る
2025年4月〜5月

みなとラボと多摩美術大学統合デザイン学科は、2025年度、長崎綱雄教授、荒牧 悠講師、菅俊一准教授率いる3つのチームと共同でプログラムを実施した。
菅准教授は、Eテレの5分番組「2355/0655」や、著書「観察の練習」(NUMABOOKS)などをはじめ、人間の行為や意志に対するデザイン領域のアプローチで知られるコグニティブデザインの専門家として知られる。菅准教授は、みなとラボからの「海への憧れを抱く。海を好きになるには、どのようなアプローチが可能か」という課題に対し、通年で週1回の授業時間を利用して取り組むこととなった。

「私たちは、たとえば波のような海を支えているしくみのメカニズムについて、身体を通じて実感できるようなことがないか、というテーマを設定して始めることにしました。」と語る菅准教授。海の振る舞いにフォーカスした長崎ゼミの作品『Touch』 、海の構成要素を実感しようとする荒牧ゼミとのアプローチの差異を明確化する意味でも、この大きな方向性を選択した。

「新しい物事というのは、直線的には進まないものです。まずは仕組みを知るため、海に関連する文献を読み、海そのものを知るところから始めました。文献の気になる部分について、それぞれのゼミ生が気になった部分を抜粋したものを共有し、さらに全員がその内容について共感できるものにはチェック(黄色のマーカー部)を入れていきました。参考図書は全部で156冊にもなりました」

また、実際に海へ出かけその後共感できる、またはおもしろいと感じられる「海」について、全員で意見を出し合ってボードに書き出す作業を行った。

・海は普段のスケールじゃないからおもしろい
・ぬかるみ、音、風、波、においの5要素
・浅瀬の部分はそもそも海にアクセスしていないに等しいのではないか
・波は海の爪の先
・水の振動が空気の振動になる
・陸は空気という媒介で満たされていて、海は水という媒介で満たされている
etc…

など、さまざまな方向性からの海への思考がアウトプットされていった。また「海は〇〇である」と抽象度をあげて表現し、ボード上で分類する作業も行われた。

「海は記録装置である」
「海は集合体である」
「海は振動で満たされているものである」
etc…

さまざまな意見を出し合いながら、作品作りに向けて、約2ヶ月間をかけて最初のリサーチが行われた。

菅俊一ゼミ海洋教育プロジェクトリサーチシートより一部抜粋

Phase2
知識や事実を、操作可能な要素に変換する
2025年6月〜8月

書籍や実際に海を見て行ったリサーチを、自分たちが操作可能な要素にしてみるとどうなるのか、ここでは、「海になる」「海を作る」「海がある」の3チームに分かれて実際にさまざまなトライが行われた。

「流体を可視化してみたり(※1)、周囲の人たちには、いったい何をしているんだ? と思われながらさまざまな実践を行いました。たとえば、海と陸の対比が7:3だから7:3のものを集めてみたり、同じ海域にすむ小魚を食べて、自分の胃の中に海を作ってみる、とか、砂をめちゃくちゃ分類したり並べたり、水深が深くなると暗くなるのを階段を箱をかぶって再現したり(※2)とか……。波は円運動なのでみんなでなって運動を再現してみようとか(※3)。対流を見てみるとか…。毎週さまざまな試行錯誤をしました」

※1 流体の可視化:すずらんテープで風を感じる
※2 水深が深くなると暗くなることを箱をかぶって階段で再現
※3 円運動で海を再現:海になる

授業として実施している通常の課題と並行しながら、海を知るためのさまざまな実験を行った。「やってみないとわからない」というのが菅准教授の思考の基本。その場の思いつきでも、できるだけすべて実施を試み、そのことで気づきを得ようと何度も実験を繰り返した。最終的な目的やアウトプットは決めないまま、多くのアイディアを実践していった。

Phase3
変換した要素で、体験化する
2025年8月〜10月

(※4)カードゲーム「海カード」を制作し、実際に遊んでみる様子
(※5)循環をテーマとしたアニメーションの試作
(※5)循環をテーマとしたアニメーションの試作
(※5)循環をテーマとしたアニメーションの試作
(※5)循環をテーマとしたアニメーションの試作

Phase4
体験を実装する
2025年10月〜1月

10月を迎え、ふたつの方向性で決定した作品をより実装できる形を目指し、探求が行われた。ブルーシートは特性を検証するため、素材やサイズ、場所を変えながら実験が重ねられた。またアニメーションチームでは、表現方法の限界に直面しつつも、より適切な見せ方を模索する試行が続けられた。

6人でブルーシートをもち上下に波を起こす様子

最終段階では、「どのように体験させるか」という具体的なデザインに焦点が移り始めていた。まず取り組んだのは、「体験のフォーマット」であった。例えば、レーザープロジェクターを用いて手のひらに映像を投影し、「手の中に海がある」という体験を生み出すアイデアが提案された。このように、鑑賞者が直接的に関与できる形をデザインする仕組みそのものを考えることが、海の体験化のフォーマットとして考案された。

レーザープロジェクターを使って手に海面を写し込む様子

まとめ

「中途半端にそれっぽく上手くいってしまうと、本来行きたいところには到達できない」と菅准教授。プロジェクトとして心がけるのは、美的な完成度よりも心が動くもの。プロジェクターのアイデアは、菅准教授がすでに汎用な機器として安価に手に入るプロジェクターをたくさん入手して学生たちにまずは貸与したことがきっかけになっている。

「たくさんあるものは、雑然と使ってもいいと思うのが人の心です。そこが意外と試行錯誤の大切な要素だったりする。なんでもやってみる、確実に試していく。それは非常に愚直ですが(笑)、最終的な作品に自信を得るための大切なプロセスなんです」と菅准教授は語る。

3710Labと共同で行った本プロジェクトは、海という広大で曖昧な対象に対し、明確な答えを求めるのではなく、試行錯誤を通じて新たな体験の形を模索する、というプロセスそのものが重要な価値であることが示された。リサーチからはじまり、分析、実験、発散、収束を繰り返す中で、重視されたのは「完成された作品」ではなく「気づきを生む仕組み」の創出である。

海そのものを再現するのではなく、身近な素材や身体的な体験を通じて、海を想起させたり興味を喚起したりする方法は、正解のない問いに対して、索的なプロセスを重ねることの重要性と、体験デザインにおける「気づきのトリガー」の価値を明示しながらも、同時に海への普遍の憧れを誘うものである。

「どこでも簡単に手に入るものでできることにこだわっていました。再現性の高い作品なので、今後は参加型の作品として展開するなども検討していきたい」と菅准教授。みなとラボとしても、ワークショップなどの実現も視野に入れていきたい。

Photo : Kazuhiro Shiraishi

菅 俊一(すげ しゅんいち)
1980年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。多摩美術大学統合デザイン学科准教授。認知的手がかりを設計することによる行動や意志の領域のデザインを専門としており、近年は視線を用いた誘導体験や、静止した図版をたどることによる動きイメージの生成、人間の創造性を引き出す制約のデザインについての探求を行なっている。主な仕事に、NHK Eテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT 企画展「単位展」コンセプトリサーチ、同「アスリート展」「ルール?展」展示ディレクター。著書に「差分」(共著・美術出版社)、「行動経済学まんが ヘンテコノミクス」(共著・マガジンハウス)、「観察の練習」(NUMABOOKS)、「ルール?本」(共著・フィルムアート社)。主な展覧会に「あいちトリエンナーレ2019」(愛知県美術館、2019)、「指向性の原理」(SOBO、東京、2017)、「正しくは、想像するしかない。」(デザインギャラリー1953、東京、2019)、「視線の設計」(東京ミッドタウンデザインハブTUB、東京、2023)など。
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