vol.08 海の玩具ークジラの玩具ー

文: 加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) / 写真提供: 武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室(撮影=宮下晃久) / イラスト: 廣﨑遼太朗

海のMING GANGのキービジュアル

「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第8回目は「クジラの玩具」をテーマに海の玩具を紹介します。

クジラへの畏敬の念

日本人とクジラの歴史は古く、貴重な食糧資源であると同時に、海という広大な自然への畏敬の念や、精神性とも深く関わってきました。古くは、クジラが浜に座礁(ざしょう)するなどして、それを利用するといった偶然性の強いものでした。東北地方にはクジラの恵みに感謝する記念碑などが残っていますが、それらは、海のかなたから恵みがもたらされるエビスとしての信仰の一端を伝えています。江戸時代以降、紀伊半島の太地(たいじ)などで網で絡めて船団で鯨を捕獲する古式捕鯨(こしきほげい)が確立すると、クジラは海に乗り出して獲りにいくものとなっていきました。それはクジラを捕獲する際に、積極的に殺傷することでもあり、その魂の成仏を願ってクジラ供養が行われるようになりました。

クジラの姿

海原を悠々と泳ぐクジラの丸みを帯びた姿は、海そのものの雄大さと重ね合わせられ、人智を超えた自然への敬意から大漁祈願、無病息災などを祈願する対象ともなっていきました。都市祭礼で巡行する風流の山車(だし)に、クジラの潮吹きのモチーフがあるのも、そうした自然への畏敬に生活の安寧や健康への祈願が重ねられていったからでしょう。そうした祈りのモチーフとしてのクジラは、郷土玩具の造形の中に色濃く残っています。

鯨船の華やかさ

「クジラ一頭、七浦うるおう」と言われたほど、クジラは莫大(ばくだい)な利益をもたらしました。しかしそのクジラを捕獲することは、命懸けの仕事でした。役割の異なる多くの船が連携し、船に乗らない地域住民もさまざまなクジラに関する陸での仕事に従事することとなったため、鯨船の郷土玩具には地域の誇りや共同体の結束、そして勇壮な漁師の勇気をたたえるものとして、深く愛されてきました。クジラは単なる資源としてだけでなく、日本人の精神性や美学を反映し、家族や地域社会の祈りを託す対象として、海を象徴するものとなっていったのです。

国際的な資源管理と文化資源化

クジラは、近代における産業革命による油の需要や、農業の拡大による肥料の必要から、先進国が競って捕獲していきました。1982年、国際捕鯨委員会(IWC)の年次会合で商業捕鯨モラトリアム案が採択され、大型鯨類の特定の種を対象とした商業捕鯨の停止が決まり、それに対して日本は調査捕鯨のかたちで科学的な調査を進めつつ、モラトリアムの限定的な解除を提案しました。2019年、日本はIWCから脱退し、日本領海と排他的経済水域での科学調査に基づく頭数の制限を設けて、商業捕鯨を再開し、現在に至ります。

調査捕鯨の時代、捕鯨の拠点地域では産業としてよりもむしろ観光としてクジラを活用し、クジラをめぐる地域文化や歴史が注目され、クジラの郷土玩具はみやげ物、縁起物として広く親しまれるようになりました。

勇壮な鯨船

和歌山県の那智勝浦では、古式捕鯨の時代の様子を描いた絵巻物などを参考に、さまざまな種類の鯨船の郷土玩具が製作されています。浮子を運ぶ樽船(たるぶね)、捕獲したクジラを運ぶ持双船(もっそうぶね)、網を運ぶ網船、道具類を運ぶ納屋船などがある中、花形となるのはクジラに自ら飛び乗って急所に銛(もり)を打つ勢子船(せこぶね)です。勢子船には鳳凰(ほうおう)が描かれ、船団の先頭を走るのです。

 鯨舟 和歌山県那智勝浦市 KG007429

大漁のイメージ

同じく熊野の捕鯨船をモチーフとした郷土玩具に大漁船、あるいは鯨船と呼ばれる郷土玩具があります。こちらは車がついており、海を走る船をほうふつとさせます。全体にカラフルな装飾と華やかな模様が描かれ、その強烈な色彩感覚は、大漁旗のデザインにも通ずるものがあります。鯨船はそれそのものが大漁祈願を示すものとして、恵みのイメージを表象しています。

 太地浦の鯨舟 和歌山県和歌山市 KG004206

デフォルメされたクジラ

古式捕鯨で栄えた太地にある飛鳥神社では、お弓神事という一年の豊作や豊漁を占う祭りで、「せみ」と呼ぶ木製のセミクジラを模したものを子どもたちが奪い合う儀礼があります。クジラの恵みに感謝し、豊漁を願う伝統行事です。その「せみ」のミニチュアに車をつけた郷土玩具は鯨車として親しまれています。大胆にデフォルメされた造形がクジラへの愛着を表しています。

太地の古式捕鯨は、明治11(1878)年の不漁の年に、追ってはいけないとされてきた子連れのセミクジラを捕獲しようとして遭難し、100名以上の漁師が亡くなった「背見流れ」(せみながれ)という事故によって途絶えました。その後近代捕鯨の導入によって再び活気を取り戻しますが、鯨車はそうした悲しい歴史も背負っているのです。

 鯨車・背美鯨 和歌山県 KG007426

クジラの曲線美

クジラは動物の中でも流線形の曲線美がもっとも魅力的です。高知の鯨車は、その曲線美を際立たせる方向でのデフォルメが素晴らしい郷土玩具です。口の形からセミクジラだとわかります。漁師が仕事の合間に子どものために作ったとも言われますが、実際のクジラの観察を踏まえた、随所にリアルな再現が見られます。花のような車の着色には、クジラの黒色をより引き締める効果があります。

 鯨車 高知県高知市 KG001314

クジラの山車

張子の郷土玩具の鯨の潮吹きは、長崎市で催されてきた長崎くんち(諏訪神社)で奉納される伝統的な山車(だし)がモチーフとなっています。クジラの山車から実際に潮を吹かせる演出が人気です。鯨船の山車もあり、古式捕鯨の勇壮さを今に伝えています。山車では竜吐水(昔の消防ポンプ)で潮吹きを再現しますが、郷土玩具では潮吹きを表現した細い竹ひごが、車を走らせると車軸に連動したカラクリで動く仕組みです。

 鯨の潮吹き 長崎県 KG001949


企画監修・文

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。