
「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第6回目は「鯛の玩具」をテーマに海の玩具を紹介します。
言葉遊びと縁起物
漁民の大漁祈願と聞いて、真っ先に思い浮かべるのが鯛のモチーフです。鯛は「めでたい」に通ずることから、正月の祝いや人生の祝いごと、商売繁盛などの縁起物として庶民に広がりました。言葉遊びそのものがハレの雰囲気を帯び、その言葉を口に出すだけで縁起が良い「言霊」が宿ったものを、さらに造形化して飾ったり贈ったりして、縁起の良さを分かち合ってきたのです。鯛は高級魚で、庶民はそう簡単に食べられるものではなく、その“高嶺の花”のイメージも、縁起物になるには必須の要素でしょう。
鯛の赤色
鯛は鮮やかな赤が縁起の良さを主張していますが、もともとこの赤は水中では黒く見え、天敵から身を隠すためのカムフラージュとして進化したものでした。水中では不可視な存在が、水面から出た瞬間に赤く現れるのであり、そのこと自体が、エビス神や海の彼方にある楽園からもたらされた恵みを強く印象付けます。一方、赤い玩具は疱瘡の病除けに用いられた霊力のある色でもあります。鯛そのものの色と、厄除けの色がちょうど赤で重なる鯛が放つ多幸感に、人々は魅了されてきました。
強烈な顔のイメージ
鯛はもともと体全体に対しての顔の比重が大きい魚ですが、郷土玩具の造形ではより誇張され、顔そのものが造形全体を支配しています。まんまるく表情の乏しい目、正面から見ても側面から見ても力強く、それでいてどこか微笑んでいるようにも見えます。自然界の生きものが、人間にとって重要な役割を果たすためには、対象を人格化させることが不可欠で、鯛は生きものとしての標本ではなく、キャラクター化されています。鯛の強烈な顔のイメージは、玩具としてのデザイン化の幅を広げています。
過度なデフォルメ
鯛の郷土玩具の造形は、写実性をほぼ放棄することで特徴をとらえています。解剖学的に正しくないのはもちろん、現実を写し取る造形的な再現の観点からも正しくありません。またヒレや鱗など細部は極端に捨象され、色彩も真紅で艶を出すなど誇張されています。この単純化は視覚的に豊穣さや安心感を実現しており、「福」なるものが体いっぱいに詰まった、もはや実際の魚とは異なる超越的な存在を表象しています。
切実な願い
言葉遊びのダジャレ、デフォルメされた造形、祝祭的なイメージで、鯛は心に余裕を与えるようなデザインですが、そこに込められた願いは切実です。漁業は生きものの回遊などの営みや気候や天候など、不確実ななりわいです。技術的な熟練や工夫で漁獲量を増やすことはできても、最終的な成果は神頼みです。鯛のコミカルでユルい造形の背後にある真剣な信仰に想いを馳せる必要があります。同時に、この論理よりも感覚を信じ、それを頼りに生きる強さは、海の文化を考える重要な点と言えるでしょう。
民具ギャラリー
鯛車
鯛そのものを郷土玩具としたものに、鯛車があります。文字通り、台に乗った巨大な鯛を山車のように動かせるようになっています。鯛は、本来はハゼのように腹這いで立つことはできません。また、新鮮な鯛は尾鰭をピチピチと激しく動かすことはあっても、実際には反り立つような動きはできません。重心が低く、どっしりした造形は安定感と存在感を出し、それが「福」のイメージを増幅させています。

懸け鯛・夫婦鯛
鯛はつがいで行動するわけではありませんが、二尾の鯛を藁で括り、これを玄関先や祝いの席に懸ける懸け鯛という縁起物があります。二尾の鯛はシンメトリーに配置され、装飾性を増しています。懸け鯛や夫婦鯛は、縁結びや夫婦円満、恋愛成就、家庭円満の象徴として広く受容されています。

鯛狆
狆は小型の飼い犬全般を指し、庶民の間では「ちんころ」などと呼ばれて親しまれてきました。香川県高松市では張子の鯛狆が嫁入り人形として尊ばれてきました。多産な犬を安産祈願とする信仰は全国にありますが、それに加え、嫁に行った娘が離婚して戻ってこないようにと、犬を「いぬ(去ぬ)」に掛け、「去ぬまい、めでたい(鯛)」の語呂合わせとなっています。鯛の目玉と犬のつぶらな目が印象的な郷土玩具です。

鯛乗り猫
鯛と猫と鼠、一見すると奇妙な組み合わせです。猫はコメを食べてしまう鼠除け、また養蚕のカイコを食べてしまうネズミ除けとして、東北地方では愛されてきました。一方そのネズミも、多産の象徴として子孫繁栄のモチーフです。それが呑気に鯛に乗って海を渡っています。鼠を猫が捕まえているのかと思うと、海に落ちそうな鼠を助けているようにも見えます。めでた尽くしの優雅さとユーモアに溢れた鯛乗り猫です。

鯛抱き恵比寿
鯛をエビス神が運んでくるめでたいイメージは、各地の郷土玩具で鯛抱き恵比寿、鯛乗り恵比寿、鯛担ぎ恵比寿などのモチーフとして描かれてきました。それにしても巨大な鯛を、力一杯に担ぎ上げる姿や、鯛とベッタリ抱き合った仲良しな姿は、幸福感いっぱいです。鯛は獲物として捕らえられたというよりも、みずからの意思でエビス神とポーズをとっているようにも見え、霊性が宿った魚としての力強さが感じられます。

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。
