vol.04 海の玩具ーエビス神ー

文: 加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) / 写真提供: 武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室(撮影=宮下晃久) / イラスト: 廣﨑遼太朗

海のMING GANGのキービジュアル

「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第4回目は「エビス神」をテーマに海の玩具を紹介します。

日本固有の自然崇拝としてのエビス神

七福神として親しまれる福の神のなかで、エビス(恵比寿・恵比須・戎・蛭子とさまざまな表記があるのでここではエビスとする)は唯一、日本固有の神に由来します。エビスを除く、大黒天だいこくてん毘沙門天びしゃもんてん弁財天べんざいてん布袋ほてい福禄寿ふくろくじゅ寿老人じゅろうじんは、インドや中国から日本にもたらされ、民間に定着しました。一方、エビスは海の彼方から福をもたらす超越的な存在でした。浜に突然打ち上げられるクジラをエビスと称して恵みに感謝したり、どこから流れ着いたかわからない水死体をエビスとして埋葬し、それを大漁の兆しと考えたりする風習が全国にあり、それらは土着的な海の信仰の一端を示しています。

日本の神話においては、国譲りの場面で釣りをしている神として登場する事代主命ことしろぬしのみことや、イザナギとイザナミの間に生まれた最初の神でありながら海に流されたヒルコ神をエビスとして崇める信仰も合わさり、神の意思を伝え、福をもたらすエビスのイメージが成立していったとされています。

エビスのイコノグラフィ

九州地方各地には、路傍のエビスの祠に男女一対の神が祀られている例があり、現在の典型的なエビス像以前の姿のひとつと考えられます。その後定着したエビスのイメージには、すぐにそれとわかる典型的なモチーフがあります。ヒゲを蓄えた福々しいエビス顔、風折烏帽子かざおりえぼし狩衣かりぎぬ指貫さしぬきという伝統的な和装、鯛と釣竿を持って座っている像は、さまざまなアレンジが見られながらもエビスとすぐにわかるもので、図像が意味と結びついたイコノグラフィーのひとつと見ることができます。。
※イコノグラフィーとは、モチーフの表す意味やその由来を研究する学問です

エビス・ダイコクの名コンビ

エビスとダイコクは、七福神のなかでも、商売繁盛の神としてコンビで描かれたり祀られたりしてきました。エビスは海の恵み、ダイコクは陸の恵みとしてあらゆる富を象徴するとも考えられます。神話上は、エビスと同一視される事代主命ことしろぬしのみことは、ダイコクに比定される大国主命おおくにぬしのみことの子供であるため、エビスとダイコクは親子となります。

文殊・普賢菩薩もんじゅ・ふげんぼさつの化身とされる風狂の僧である寒山拾得かんざんじっとく、異形の神である手長足長など、日本文化には様々なコンビがありますが、エビスとダイコクはもっとも庶民に親しまれた名コンビと言えるのではないでしょうか。

十日戎

エビス神を祀るもっとも盛大な祭りと言えるのが、十日戎とおかえびすです。関西地方では特に、この日にエビス神社に参り、福笹にいろいろな縁起の良い吊りものを付けて持ち帰ります。古い笹を納めて新しい笹に替えることで、エビス神の福を授ける力を更新できると信じられており、古い笹はとんどなどの小正月行事などで燃やされます。日本の自然崇拝において、恵みが周期的にもたらされることはとても重要な要素で、福笹はそれを実感させてくれるものと言えます。

エビス顔

エビスの多幸感は、その満面の笑みからきており、エビス顔と呼ばれます。また整ったヒゲや太い眉など、はっきりした顔立ちと、たっぷりの福耳、口角の上がった血色の良い唇で、人々に幸せを振りまきます。エビスは瞳をはっきり描かれることはなく、にんまりと笑っています。

 三春張子・恵比寿面 福島県郡山市 KG000438

烏帽子か金烏帽子か

エビスは、烏帽子えぼしを被っています。その烏帽子の表現はひとつは通常の黒い烏帽子、そしてきらびやかな金烏帽子です。現在では、関西地方各地のエビス神社で開かれる十日戎で、福笹を授与する福娘の、神事で巫女みこが白衣と緋袴ひばかまの上に羽織る千早ちはやと呼ばれる装束に、金烏帽子を被る定番の衣装に見られます。

 姫土人形・恵比寿 岐阜県可児郡可児町 KG000729

抱えきれない巨大な福鯛

エビスが大海から釣り上げる巨大なタイは、福鯛として福や幸がいかに大きく、豊かなものであるかを象徴しており、現実ではあり得ないサイズのタイとなっています。土人形や張子人形では、あまりに誇張しすぎて、タイを抱き抱えるような姿で描かれたり、またタイにまたがって、あるいはタイに乗ってやってくるような姿で表現されています。

 稲畑土人形・鯛抱き恵比寿 兵庫県氷上郡氷上町 KG001028
 山口人形・鯛乗り恵比寿 新潟県北蒲原郡水原町 KG003800

福笹で商売繁盛祈願

十日戎の縁日市では、縁起の良い吊りものを提げた福笹や、福をかき集めるとされる箕に巨大なエビス面を掛けた福箕ふくみを購入し、一年の商売繁盛を願います。現在ではすべて装着された状態で売っていますが、かつては笹に自分で好きな吊りものを選んでつける場合も多かったようです。

 京えびす福笹 京都府 KG000910

企画監修・文

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。


本企画を監修いただいてる加藤幸治先生が監修に携わられている展覧会が、6月15日(月)より開催されます。会期中には、講演会やトークセッションに加え、民具にまつわる様々な催しを楽しめる子ども向けイベントデー「みんみんフェス!」もございます。ぜひ足を運んでみてください。

民具これなーんだ?——民俗学者・宮本常一が美術大学に遺した民具コレクション


日常生活の必要からつくられ、使われてきた「暮らしの造形」としての民具。民具の造形には、手の実感がある暮らしの営み、自然素材による巧みな造形、目に見えないものをかたちにする想像力が発揮され、現代人にとって異文化との出会いにも似た驚きと発見があります。
武蔵野美術大学 美術館・図書館は、およそ9万点に及ぶ民具コレクションを収蔵しており、美術大学が所蔵する生活文化の造形アーカイブとしては世界屈指の規模を誇ります。本展示では、2020年から進めてきたコレクションの成立についての検証と再整理作業をもとに、民俗学者・宮本常一(本学名誉教授)と当時の学生たちのカリキュラムの外側にある学びや活動を紐解きます。
また、現代の美術教育への活用のさまざまな実験をもとにウェブ版「美術手帖」とのコラボレーションによって、美術・デザインの視点で展示を構成します。観察と見立てによる参加型展示、異なる背景を持つ民具の意外なキュレーション、デジタル技術や空間表現による民具の再解釈など、新たな展示体験をお楽しみください。