vol.03 海の民具ー網で漁るー

文: 加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) / 写真提供: 武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室(撮影=宮下晃久) / イラスト: 廣﨑遼太朗

「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第3回目は「網で漁る」をテーマに海の民具を紹介します。

海のMING GANGのキービジュアル

網漁(あみりょう)の素材と技法のバリエーション

漁業で使う網の歴史をモノからたどるのは困難です。なぜなら網は、ワラや植物繊維など柔らかい有機素材で作られ、また塩水にさらされて劣化しやすく、物質的に残りにくいものだからです。網を使った漁には、投網のように網に錘(おもり)を付けて魚群に直接手で投げるものや、立切網のように魚の通り道や逃げ道に網を仕掛けるものなどがあります。一方、網漁には集団で営む地曳網(じびきあみ)や、船団を組んで営む巻網(まきあみ)など、高度な組織力が必要なものもあります。網漁は、集落近くの川や池、湖から、海辺の浜や沖合まで、さまざまな場所で営まれてきました。

生態を知り、裏をかく

網の素材は、捕獲しようとする獲物にかんづかれると逃げられてしまいます。できるだけ自然に近い素材での方が目立たないように思いがちですが、現在の化学繊維の漁網の色鮮やかなものは、実はそれが視覚のトリックで海中では見えにくいとされています。網の存在感をいかに減らすかと同時に、魚に警戒心を与えない網の設置が求められますが、漁民に聞書きを行なう際には、しばしば泳いでいる魚はこの流れを通りやすいのではないかといった、自分が魚目線になって語ることがあります。魚の生態を知り、自分が魚ならどう行動するかを考え、そしてその裏を描くのが網漁の本質と言えます。

待ち構える網漁

網漁には、定置網や刺し網など、罠を仕掛けておき、しばらく放置してから引き上げて漁獲を得るものがあります。前述のように魚の生態や魚の通り道を知る民俗知識が発揮されますが、そのあとは設置して待つだけです。待ち構える網漁には、夜中や朝早くに仕掛けたり引き上げたりするものもあります。その成果は運任せのところもありますが、一網打尽にせず、一部の魚は罠にハマり、そのほかは難を逃れて逃げられる漁業は、現代の水産資源管理においては持続可能な漁業として注目されています。

漁場へ赴く網漁

かつては、魚群を探すのは人の目が頼りでした。高台の魚群の見張り台である「色見山(いろみやま)」で目を凝らし、魚群を見つけたら大声を出したり、狼煙(のろし)をあげたり、手旗や霧笛など、とにかく集落の人々に知らせ、船を漕ぎ出して網で囲むのです。その役割は当番制や周り持ちなど集落のルールによってさまざまですが、魚群を探す重要な役割には多くの取り分が与えられました。動力船で沖合に出漁する近代以降は、鳥の動きや潮流を読む知識や経験に加え、魚群探知機などのテクノロジーも用いて、大海原にいる魚群を探るようになっていきました。

網を繕い、次に備える

網漁は、資金力と組織力が求められ、魚群の動きなどの自然任せの要素に加え、網元の経営手腕が業績を左右しました。網が大規模になればなるほど、設備投資が求められます。網は財産でもありました。漁網の繕(つくろ)いは、網針(あばり)や結針(すきばり)と呼ぶ針を使って、補修糸で破れた網目を補修する手作業です。網の破れや錘(おもり)や浮子(うき)の外れは、魚に逃げ道を与えてしまうので、網の一目一目を確認する作業がとても重要なのです。道具をきちんと整える事前の準備が、網漁においては決定的な要素となります。

 網 広島県三原市 M0000910
 網結針(あみすきばり) 広島県三原市 M0000972

浮子と錘

浮子(うき)は、古くから桐(きり)などの軽く浮きやすい木材が使われてきました。浮子は網の端に張る縄を結びつけ、連続的に連なっていきます。網を水中で張るためには、浮子の反対側に沈子(ちんし、いわ)と呼ばれる錘(おもり)を装着する必要があります。古くは石が用いられましたが、同じ形の石を探すのは簡単ではないので、規格化された錘として瀬戸焼をはじめとして陶器製のものが広く普及しました。沈子は網を沈ませるだけでなく、例えば吾智網(ごちあみ)などの曳き網漁では、網を曳く時に沈子が海底の石に当たって音を立て、魚を驚かせる効果があります。

 浮き 広島県三原市 M0000856
 錘 広島県福山市走島 M0004823

網魂(あみだま)が宿る浮子

地曳網では袋網と呼ぶ部分に魚群を追い込みますが、魚が溜まって重くなる袋網に付ける浮子には強い浮力が必要でした。そうした部分には木の樽が用いられることがあり、その一部には網魂(あみだま)が宿ると考えられ、大切に扱われました。紀伊水道から和歌山県日高地方などでは、中にサイコロを二つ入れて大漁祈願をする風習もあります。

 浮き樽 京都府与謝郡伊根町 KM001360

網の美意識

網を干す風景は、浮き沈みの激しい漁村に対する悲哀や情感を象徴するものでもあります。簡素でリズミカルな美しい連続文様は、江戸時代に広く流行し陶磁器や小紋、手ぬぐいなどに好んで使われました。網目文様は単なる文様にとどまらず、大漁や一網打尽に通じ、吉祥のモチーフでもあり、邪気を通過させない魔除けの意味もあります。素朴な漁具にこうした美意識を見出す感性は、現代の工芸品やプロダクトに受け継がれています。

 飯茶碗 愛知県名古屋市中村区賑町 KY004496

企画監修・文

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。