vol.05 海の民具ー糸で釣るー

文: 加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) / 写真提供: 武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室(撮影=宮下晃久) / イラスト: 廣﨑遼太朗

海のMING GANGのキービジュアル

「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第5回目は「糸で釣る」をテーマに海の民具を紹介します。

釣りの歴史と六物ろくもつ

釣りは素朴な道具を用い、釣り人の感覚や経験に成果が大きく左右されることから、比較的原始的な漁法と考えられます。考古学的にも糸は腐って残りにくいものの、骨や鹿の角で作られた釣りかぎなどが出土するので、その歴史は古くからあります。とはいえ、「釣りの六物ろくもつ」と言われるように、釣りの歴史はかぎ・糸・竿・餌・おもり・浮きの製造技術の発達が不可欠でした。鉤は鍛治、テグスは養蚕ようさんおもりは精錬と、釣りは日本の技術史と深く関わっています。

釣りの大分類:直接技能と間接技能

釣りの技術史を、戦前に深く研究した渋沢敬三は、釣りを直接技能と間接技能の二つの漁法に大きく分けました。直接技能は、例えば一本釣りのように、積極的に獲物を狙う釣り人の技能が直接的に働く釣りです。それに対し間接技能は、例えば延縄はえなわのように、糸とかぎで作った仕掛けに魚が勝手に引っ掛かるのを待つ釣りです。直接技能の場合、魚が糸を引くなど獲物がかかった気配を感じ取り、適切なタイミングや引き上げ具合で釣り上げる積極的な漁法です。

釣りを分類する

釣りはさまざまな観点で分類することができます。漁場を基準とする海釣り、沖釣り、磯釣り、川釣り、穴釣り(岩間で釣る)。漁獲物を基準とするたい釣り、かつお釣り、あゆ釣り。漁具を基準とする竿釣り、おもり釣り、天秤釣り、延縄はえなわ釣り。漁法を基準とする手釣り、立込釣り(水の中に入って釣る)、友釣り、投釣りなどと、分けられます。そして、鉤を使うか使わないか、竿を使うか使わないか、錘を使うか使わないかなど、道具の観点からも分類することができます。

かぎを使わない釣り

鉤や針を使わず糸だけで行う釣りがあるのをご存知でしょうか。例えば、宮城県仙台市では、松島湾のハゼの焼き干しが正月の雑煮に用いられます。このハゼはゴカイの一種を一〇匹ほど縫い針で糸に通したものを作り、その糸を海に垂らして釣ります。鉤を使わないので傷がつかない縁起物として重宝されます。また、糸にミミズをたくさん通したものに噛みついたウナギをタイミングよく引っ掛けて釣り上げる川漁もあります。数珠子じゅずこ釣りなどと呼ばれる、鉤を使わない釣りです。

テンビンを用いた釣り

投釣りの際に錘と糸とが絡まないようにするテンビンと呼ばれる器具が、現代でも使われています。一方、間接技能による釣りの一種に、テンビンと呼ばれる道具の両側に鉤をつけた糸を垂らして行う独特な釣りがあります。小規模なテナガエビ釣りや、専業の漁師によるイカ釣りなどに用いられ、特にテンビンによるイカ釣りの漁具や漁法は、新潟県の佐渡島から日本海一帯、津軽海峡を越えて東北地方の三陸一帯にまで、漁民の移動によって広く伝播でんぱした技術として知られています。

釣針と仕掛け

日本各地の暮らしや生業に関する資料を収集・研究した実業家・民俗学者の渋沢敬三は、自宅裏庭の物置の屋根裏部屋(Attic)を利用してコレクションを並べた小さな博物館「アチック・ミューゼアム」を設けました。
戦前のアチック・ミューゼアムでは、渋沢敬三自身の研究テーマのひとつに釣漁が位置付けられ、島根県の隠岐島や兵庫県などで釣針調査を行い、製作工程のサンプルを収集しました。宮本常一もその調査に協力をしており、戦後の民具収集活動においても、故郷の周防大島にて釣針制作工程を収集しています。釣りの仕掛けは、糸に鉤・針、錘を装着し、絡まらないように枠に巻きつけてそのまま持ち運びしました。

 釣針製作工程 山口県大島郡東和町 M0001304
 釣り糸枠 広島県三原市 M0000901 一本釣りの枠

餌のいろいろ

この籠は、釣り餌としてのアミエビやオキアミを入れたものと思われます。釣り餌には、アジやイワシ、ドジョウなどの魚類、エビやカニ、イカなど、ゴカイやイソメ、ユムシなどの虫餌、ミミズ、そして昆虫類などが用いられてきました。また、イイダコが好む二枚貝に似ているらっきょうで釣るといった珍しいもあります。

 釣り餌入れ 鹿児島県加世田市 KT000293 エビテゴ・アミテゴ 

魚信を知る

直接技能としての釣りでは、アタリとアワセによって獲物と対峙します。アタリは、魚信ともいい、魚が餌に触れたことを竿のしなりや糸の引き具合、水面の浮きの動きに現れる兆候です。これに反応して、釣り人は魚の口に鉤をひっかける針掛けのために微妙な調整を行い、これを魚の動きに合わせることを、アワセといいます。アタリとアワセは、釣りの醍醐味であり、趣味としての釣り文化を発展させました。

 釣り鈴 広島県三原市 M0000904 投げ釣り。鈴附き

わな漁に近い間接漁法

直接技能の一本釣りなどの漁法に対して、間接技能は鉤と糸、錘など同じような道具を使いながら、魚の居場所に仕掛けておいて後から引き上げたり、漁具を流しながら漁船で引っ張ったりして行う漁業です。漁場に糸にたくさんの鉤を吊り下げた延縄はえなわを仕掛けて、一度に何匹も魚を捕る漁法もこれにあたります。こうした漁法は、わなを仕掛けて捕る陥穽漁かんせいりょうと見ることもできます。

 延縄籠 京都府竹野郡丹後町 KT001828

企画監修・文

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。


本企画を監修いただいてる加藤幸治先生が監修に携わられている展覧会が、6月15日(月)より開催されます。会期中には、講演会やトークセッションに加え、民具にまつわる様々な催しを楽しめる子ども向けイベントデー「みんみんフェス!」もございます。ぜひ足を運んでみてください。

民具これなーんだ?——民俗学者・宮本常一が美術大学に遺した民具コレクション


日常生活の必要からつくられ、使われてきた「暮らしの造形」としての民具。民具の造形には、手の実感がある暮らしの営み、自然素材による巧みな造形、目に見えないものをかたちにする想像力が発揮され、現代人にとって異文化との出会いにも似た驚きと発見があります。
武蔵野美術大学 美術館・図書館は、およそ9万点に及ぶ民具コレクションを収蔵しており、美術大学が所蔵する生活文化の造形アーカイブとしては世界屈指の規模を誇ります。本展示では、2020年から進めてきたコレクションの成立についての検証と再整理作業をもとに、民俗学者・宮本常一(武蔵野美術大学名誉教授)と当時の学生たちのカリキュラムの外側にある学びや活動を紐解きます。
また、現代の美術教育への活用のさまざまな実験をもとにウェブ版「美術手帖」とのコラボレーションによって、美術・デザインの視点で展示を構成します。観察と見立てによる参加型展示、異なる背景を持つ民具の意外なキュレーション、デジタル技術や空間表現による民具の再解釈など、新たな展示体験をお楽しみください。