ミューズとしての海

「海の未来」を聞く vol.5
Subodh Kerkar(スボード・ケルカル)

波打ち際でのパフォーマンスアート『Mirrors』

Subodh Kerkar (スボード・ケルカル)はインド有数のビーチリゾート、西海岸のゴア出身のアーティスト。「海洋アーティスト」を自称し、波打ち際でのパフォーマンスインスタレーションを中心に作品について聞いた。その中で、彼は「海の未来」について問うと真っ先に「責任」と口にした。

スボード自身が提唱しているパフォーマンスインスタレーションシリーズは、波打ち際を舞台としたランドアート的な作品だ。海辺でスボードが指示したパフォーマンスを演者が実演し、上空から撮影している。

「ある日海へ行った際、浜辺に落ちていた一枚の鏡に空が映っていることに気づいたのです。誰かが怪我をしないように、私はそれを拾い上げて近くのゴミ箱に捨てたその時、ふと、鏡を使った芸術作品を作るというアイデアが思いついたんです」と、作品『Mirrors』着想のきっかけを語る。

スボードは子供の頃、特にモンスーンの時期には早朝にビーチを訪れ、海が打ち上げた宝物を見つけようとしたという。そうした訪問が、日常の物に宿る美を見出すことを教えてくれたと語る。幼い頃からビーチに落ちているものを注意深く観察し、作品として取り扱ってきたスボード。 海辺を散歩していて出会った小さな出来事が、多くの人を巻き込んだパフォーマンスへと繋がっている。

モルジムビーチに置かれたスボードの鏡。 Shot by @siddharthkerkar

『Mirrors』で使用した鏡は、合板にアクリルミラーを貼り付けたもので、合板の底部には専用ハンドルを設置し、参加者が安定して取り扱えるようにした。参加者に指示したパフォーマンスをドローンを使って撮影し、この幻想的な作品が完成した。

「私は作品の中で、波打ち際や海岸に鏡を固定することがよくあります。その鏡は海を映し出し、シュールなイメージを生み出します。作品に出てくる頭に鏡を載せて歩く男たちは、ある意味で空と海を運んでいるとも捉えられます」と、スボードは語る。

複数の人間が鏡を頭に抱え、波打ち際を一定のリズムでうねったり円を描いたりする。まるでひとつの生命体のように見えるパフォーマンスに一瞬で心を掴まれる。広大な空と海のもとで、何かがうごめいている。それは、地球上に生きるすべての生命を象徴しているようだ。

Subodh Kerkar 『Mirrors』のワンシーン

人類は海の要素を携えて陸へと向かった

「私は自らを”海洋アーティスト”と位置づけています。人類の文明は海の胎内で生まれました。そもそも、生命そのものが海に起源を持ちます。動物が海から陸へ進出し、やがてホモ・サピエンスへと進化する過程で、彼らは海の要素をわずかに携えていました。だからこそ、海水中のナトリウム、カリウム、カルシウムの割合は、人間の血液中の割合と非常に似ています」とスボード。海から生まれた生物が、進化を経て今の我々につながっていると語る。

早朝にビーチを訪れ、海に浮かぶスボード。Shot by @vaibhavv.20

「海は食糧や鉱物の供給源であるだけでなく、文明の創造主でもあります。世界の海は大陸を分断したが、逆説的に大陸をつなぐ役割も果たしました」

漁師は、海の変化を敏感に感じ取り、海の考えを探るように漁に挑む。海と一体化するような感覚を持ちながら、その恐ろしさと豊かさに向き合ってきた。漁師は魚を獲る、スボードはアートを作る。彼にとって、制作は実に自然な海との呼応だった。

「人類にとって海は永遠に重要な存在です。生命を支える地球の酸素の50%以上が海洋の植物プランクトンによって生成されていることを忘れてはいけません。人類は海をより責任を持って見つめ、海洋汚染を防ぐ対策を講じるべきです。海洋のプラスチックの重量が2050年には魚の重量を超えるかもしれないという予測もあります。海は尊重され、敬愛され、そして守られなければなりません」

海への愛を持ち続けながら、パフォーマンスから絵画、工芸まで幅広い表現方法で海洋環境への啓発を続けてきたスボード。アーティストとアクティビストの二足のわらじを履く先駆的な活動は、現在SNSを通じて世界からも注目を集めている。昨年、TEDのトークイベントでスボード氏が講演した際には、アートが人間や社会を理解するための装置であること、そして歴史・政治・文化などが複雑に絡み合って形づくられる世界のあり方を理解する態度の重要性について語り、大きな反響を呼んだ。

海には人類文明の歴史が溶け込んでいる

「海は私の師であり、また私のミューズでもあります。人類文明の歴史は海に溶け込んでいます。海の水は、創造の始まりからすべてを経験してきました。インドの偉大な詩人、ラビンドラナート・タゴールの美しい詩を思い出します……」

最後に、海はあなたにとってどのような存在ですか?と尋ねると、以下の詩を添えて返答があった。

グラスの水はきらめき澄んでいる。
The water in a glass is sparkling and clear.

海の水は暗く深い。
The water in the ocean is dark and deep.

小さな真理は理解しやすい。
Small truths are easy to understand.

偉大な真理には偉大な沈黙がある。
Great truths have great silence.

マハラシュトラ州のモチェマドビーチにて見つけた断熱フォームを運ぶスボード氏。Shot by @vaibhavv.20

「海への責任」を問い続けてきた彼の作品に、ただただ心を動かされるのは、メッセージ以前に、人類が海とともに歩んできた記憶を深く宿しているからなのかもしれない。地元ゴアにある私立美術館の創設者であり館長も務めるスボード。目には見えない自然の循環や、海で始まった生命の起源へと思いを馳せることで、私たち自身もまた大いなる海の一部であることに気づかされる。そこから、海とともに生きる未来への責任と希望を、静かに私たちに問いかけている。

Subodh Kerkar(スボード・ケルカル)
1959年インド西海岸ゴア出身。歯科医の資格を持っていたが1990年に芸術の道に進んだ。コンセプチュアル・アート、ランド・アート、パフォーマンス・アートの分野で独自の地位を確立。インド最大級の私有現代アートスペースであるゴア私立美術館(MOG)の創設ディレクターを務めている。

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