色で見る、現在と未来の地球

Text: Hisashi Ikai / Photos: Yuta Sawamura

「海の意味」を聞く vol.2
RAW COLOR(ロー・カラー)

境界を超える、色というユニバーサルな言語

「RAW COLOR(ありのままの色)」というユニークな名前のデザインスタジオがオランダにある。設立者のダニエラ・テル・ハールとクリストフ・ブラフは、2008年のユニット結成当初から、その名が示す通り“色”をテーマとしたデザイン活動を行なってきた。

元々ダニエラはテキスタイルや舞台美術を、クリストフはグラフィックとプロダクトを専攻してきたが、ともに通ったデザイン・アカデミー・アイントホーフェンを卒業後、2人ははじめてのプロジェクトで協業。ビーツや人参といった野菜から抽出した天然顔料を用いた、時間とともに色が変化していくポスターを用いたインスタレーション「RAW COLOR RESEARCH」を発表した。これをミラノで展示したところ、RAW COLOR名義で仕事の依頼が次々にやってきたため、ユニット名をそのまま「RAW COLOR」に決めたという。

クリストフ・ブラフは、1979年ドイツ生まれ。ザール美術大学とデザイン・アカデミー・アイントホーフェンで、グラフィックとプロダクトデザインを専攻してきた。
ダニエラ・テル・ハールは、1981年オランダ生まれ。デザイン・アカデミー・アイントホーフェンで、テキスタイルと舞台美術を学んでいた。

「色は誰しもが認識できるユニバーサルな言語です。テキスタイル、グラフィック、プロダクトと異なる領域を専攻していた私たちが、活動を共できるのも“色”という共通言語を介しているから。色の世界は、とても柔軟で自由。そしてやはり美しい」

確かに訪れたオランダ・アイントホーフェンのスタジオに並ぶ、色とりどりの素材やモックアップを眺めているだけでも心が湧き立ち、いろんなことを想像し始めてしまう。クリエイターに限らず、広く一般においても、色が及ぼす影響は大きいものだ。色調、明度、彩度、濃度の微細な違いを人は感覚的に捉え、瞬時に思考する。こうした背景を受けて、RAW COLORが自主的にはじめたプロジェクトが〈Temperature Textiles〉だった。

アイントホーフェンにあるRAW COLORのスタジオ。大きな窓からたっぷりと外光が降り注ぐ、天井高のある開放的な空間だ。
格子状の円筒を重ねたオブジェ、Props &Prints(左)と色ガラスの照明、Globo(右)。共にRAW COLORのデザイン。
フランスのラグジュアリーメゾン、エルメスのショップディスプレイのために制作されたオブジェ。
アトリエのスチールシェフルには、彼らとチームが手がけてきた数々のプロトタイプが並ぶ。どれもカラフルな配色。

「私たちは、日々の気候変動や地球温暖化がもたらす影響について多くのニュースに触れているものの、あまりにも情報量が多すぎますし、羅列されるデータを眺めていても、素人には何が問題であり、どう対処してよいのか分かりません。色の力を持って、いま置かれている状況をもっと身近に、完結に理解することができないかと思ったことがことのはじまりでした」

二酸化炭素やメタンガスの排出がこのまま続いたら、10年後に何が起こるのか。また、海面上昇が実際に起こったとき、どのレベルまで水が上がってくるのか。これらを視覚と体感で理解できれば、人々の反応も変わるのではないか。RAW COLORは、自身のクリエーションの主軸にある色彩とグラフィック、テキスタイルの力を融合し、気候変動の意識をデザインへと昇華。〈Flat Knit Blankets〉、〈Double Knit Blankets〉、〈Temperature Socks〉〈Temperature Scarf〉といったプロダクトを完成させた。

複雑なデータを、より明解な形に

コレクションは、Emission(排出量)、Temperature(気温)、Sea Level(平均海面)の3テーマで構成される。彼らはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)によって予測された4つのシナリオに基づいたパターンを作成し、積極的な排出削減をした場合から、何の介入もせずにこのままの状態で排出を続けた場合までの4段階をグラフィックで視覚化。これら排出量に伴う気温上昇は、緻密なラインによって表現されている。「海面水位」をテーマの寒色系から「気温」をテーマとした暖色系へと変化するカラーグラデーションを用いて、データを視覚的に描き出している。

直接まとうことで、地球が変動する様子を視覚と体感で味わう、Temperature Textiles。

「フラットニット・ブランケットで160×230㎝、ダブルニット・ブランケットは160×260㎝とブランケットはかなりの大判です。スマートフォンの小さな画面でデータを読み解くよりも、このサイズにすることで、より強いメッセージ性を持つのではないかと考えました」

さらに、冬場の暖房温度を上げる代わりに、この温かなブランケットを一枚羽織れば必要以上のエネルギーを使うことも避けられるのではという彼らの密かな思いも込められている。発表と同時に、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、資源不足からガス料金が一気に跳ね上がったこともあり、彼らのクリエーションにはかなりの反響が寄せられたそうだ。

Temperature Textilesのコレクションより。左からSea Level(平均海面)、Temperature(気温)、Emission(排出量)の3種。
2020年から2050年までの海面上昇の様子をグラフィックで写した靴下、Temperature Socks。

もう一つのプロダクト〈Temperature Socks〉は、海面上昇にフォーカスした作品だ。靴下のくるぶし部分に見えるストライプは、海水面を示す目盛りの役割を果たしており、強調色の4つの目盛りはそれぞれ7㎝(2020年)、12㎝(2030年)、17㎝(2040年)、22㎝(2050年)と、10年ごとの海面上昇率を示している。これらのデータは、2015年のパリ協定で目標として定められた「RCP2.6」という、理想的なシナリオから換算されたものを反映している。なお「RCP2.6」とは、21世紀が終わるまでに二酸化炭素排出量を減らし、地球に溜まる余分な熱を2.6ワット以内に抑え込むことで、気温上昇を約1.6℃に留めることを目指す目標値だ。

「このまま何もしなければ、国土の4分の1が海抜0m以下といわれるオランダは、将来ほぼ海面下に沈んでしまうことになる。海面が22㎝上がると言われてもピンと来ないかもしれませんが、自分のくるぶしこのレベルまで水に浸るというストーリーに置き換えれば、現実味を持って意識をもった行動に移せるかもしれない」

ものづくりから人に、地球に還元できること

プロダクト、写真、グラフィックと、さまざまな表現手法を持つ彼らが、テキスタイルをメディアとして選んだことにも何かしらの理由があるのだろうか?

「テキスタイルは直接肌に触れ、日々身に纏うもので、もっとも人間に近いプロダクト。ですから、身の回り事象と直結し、関係性を体感する媒介としては、最も適しているんです。また、テキスタイル産業が盛んなオランダでは、クリエイターが研究、実験を行う環境が整っており、おかげで、私たちも数々のテキスタイルプロジェクトが実践できていることも影響しています」

国や地域別での上昇率の危険度を図式化。感覚的に全体像を把握できるようにした。

Temperature Texitlesの開発にあたっては、アイントホーフェンから車で30分ほどの距離にある街、ティルブルフの繊維博物館から多大なる協力を受けることができた。同博物館には最先端技術を導入した研究施設、テキスタイルラボが併設されており、ここにある機械や実験道具を用いて、RAW COLORは織りと編みのプロセスを研究。さらに原料となる糸も博物館から提供してもらい開発を重ねたという。またクリエイティブ・インダストリーズ・ファンドやアイントホーフェン市、そしてストクロース財団からの支援もあり、それがなければこれほど時間のかかるプロジェクトを展開することは不可能だったと言う。

「工業的なものづくりには、消費エネルギーが伴い、排出量を増加させるという事実も十分に認識しています。ただ、もっとも大切なことは、個々人が直面している問題と向き合い、何かしらの行動を起こすきっかけをつくること。たとえそれが小さな一歩でも、少しでも前に進むことができれば何かが変わる。私たちが手がけているのは『自己との対話を物理的に促すためのものづくり』。自分の置かれている状況を理解し、思考を巡らせ、これからの生き方に積極的に活用していくためには、ただ、『とてつもない時代がやってくるぞ』という恐怖を煽るネガティブな手法ではなく、私たちはより美しく、魅力的に『ともに未来を考えよう』というメッセージを素直に伝えたかったんです」

組織や構造を研究しながら、最適な仕上がりを模索。結果として平編みと丸編みの2パターンで行っている。
色の抽出法は、RAW COLORのクリエーションの原点。糸や繊維の組み合わせを細やかに選び抜いている。

この活動をよりより未来に託すべく、彼らはTemperature Textilesの売上の10%を、〈Trees for All〉に寄付。Trees for Allは、オランダで25年以上の歴史を持つ、公認の環境NGOで、植樹によって生物多様性の保護や気候変動対策としてのカーボンオフセットを実践する団体で、RAW COLORは、プロジェクトの開始以来、すでに500本以上の植樹に寄与してきた。

オランダのメーカーと、Temperature Textilesを活用した企業とのコラボレーションも進行しており、現在は生活雑貨を開発中。しかし、自主プロジェクトは今後も継続し、販売を続けていく予定だ。

「自分たちで生産と流通を管理することには、実務的な課題もたくさんありますが、でも難解な環境問題を、私たちなりの手法で美しく、わかりやすく伝えることはとても大切。そのためには小さくも確実な歩みを続けていきたいと思っています」

彼らにとって海はどんな存在かという問いかけに、「海は青いものだと思われがちですが、ときに緑や紫、ライラック色に見るときもある。でも、どの色を組み合わせても、バランスはいいんですよね」と答えるダニエラとクリストフ。海は色からも、豊かな調和や連携の可能性も教えてくれているようにも感じられた。

RAW COLOR(ロー・カラー)

ダニエラ・テル・ハール(1981年オランダ生まれ)とクリストフ・ブラフ(1979年ドイツ生まれ)による、オランダのアイントホーフェンに拠点を構えるデザインデュオ。ともに2007年にデザイン・アカデミー・アイントホーフェンを卒業し、翌2008年にスタジオを設立。「色」を軸に、グラフィック、テキスタイル、写真、プロダクトの領域を横断。〈Temperature Textiles〉をはじめとした自主プロジェクトを手がける一方で、IKEA、Kvadrat、SANCAL、Hemès、ゴッホ美術館などの企業等にデザインを提供。日本においては、山梨県富士吉田市のさまざまなテキスタイルメーカーと「Kyodo Project」と呼ばれる取り組みでコラボレーションを展開したほか、「FUJI TEXTILE WEEK(フジ・テキスタイル・ウィーク)」のプロジェクトにも参加している。
https://www.rawcolor.nl/
https://temperaturetextiles.nl/