
「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。第2回目は「大漁祈願」をテーマに海の玩具を紹介します。
不確実さへの対処
漁民の大漁祈願には、さまざまな信仰があります。伝統的には、エビス神を祀る祈願、漁船そのものを霊的な存在ととらえる船霊信仰、浜や海で行う祭り、漂着した仏を祀った仏堂などが各地に見られます。
自然の都合で成否が左右される漁業では、現代でも漁業協同組合や漁業会社での安全祈願祭、海上パレードや餅まき、初ものの即売会といった地域の観光イベントも盛んです。また、お守りや験かつぎのようなカジュアルで個人的な祈願も、現代に生きる信仰と言えます。
漁民は、海という人智を超えた自然と向き合い、その不確実さを受けとめながら生活を成り立たせてきました。気まぐれな海という自然からなんとか恵みを得られるよう、人々は祈り続けてきたのです。
漁業や大漁祈願においては、これをすべき、これはすべきでないといった、切実な願望と厳格な禁忌が伴います。豊漁や恵みをもたらす存在に対し、何をしたら意に添い、そして背くことになるのか、どうしたら周期的に恵みがもたらされ続けるのか…。大漁祈願やまじないからは、漁民の心性を知ることができます。
海と自然への信仰
大漁祈願は、海という予測不能で危険を伴う自然環境について、意味づけと秩序を与える行為です。海から得られるものは、単なる商品ではなく、海や生きものに霊的な力が宿り、さらにそれはエビス神や海の神、龍神などからもたらされると意味付けられます。漁の成果や変化する天候や環境を左右する超越的な存在を意識することは、不確実さそのものは変えられないものの、その意味を知って納得することにつながりました。
祈ることでつながる、もので祈りを共有する
大漁祈願は、漁業の成功を願うことを通じて、祖先や神々に供物を捧げて感謝するという意味合いがあります。その祭りや儀礼は、個人的に行うものではなく、集落やともに働く集団で行うものでした。大漁祈願は、嵐や事故を避ける航海安全、共同体の結束の確認、自然との共生意識を深めるといった役割も、同時に果たしているのです。そして神仏に集団で参詣する年中行事が生まれ、日本各地に漁民の聖地と呼べる寺社が発展してきました。
大漁祈願は、ただ心の内で祈るのではなく、儀礼のための道具や信仰具、玩具など具体的な「もの」を通して実践されてきました。同じものを祀り、モチーフとなるものの意味を知っていることは、共同体の規範や連帯意識の再確認であり、自然と人間の関係を調整する装置として機能してきたのです。万祝や幟旗、大漁旗は、その代表的なもので、吉祥や縁起もののモチーフがコミカルに描かれました。
鮮やかな色彩と親しみやすい造形
日常の民具は、基本的には自然素材でできていることから、藁や木、土などの茶色系や植物染料の質素で地味な色彩です。それに対し、大漁祈願に用いられる衣服や祭具や縁起物は、奇抜で色彩豊かです。強い赤や青、黄色などを大胆に用い、黒色も重要な色彩のひとつとしてモチーフに形を与えます。強い色彩は、邪霊を払いのけ、神を喜ばせる意味合いもあります。凧や福笹・福箕・熊手などの縁起物、土人形や土鈴といった授与品も、大漁の祝祭性をあからさまに示すように、極彩色で豊穣さを演出しています。
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豊漁をもたらす縁起の良い土鈴
土鈴は素焼きの乾いた音が邪を祓い、魔を避ける呪具として用いられてきました。土鈴は粘土で造形して焼成することから自由な造形が可能です。江戸時代には、各地の社寺で土産物として授与され、その土地ごとの歴史や神話、伝説などに由来する土鈴が名物となりました。

漁民に広く信仰された香川県の金刀比羅神社で授与された大漁鈴は、鯛抱き童子のモチーフです。大漁鈴として有名な郷土玩具に、赤間神宮(山口県下関市)の壇ノ浦大漁土鈴があります。こちらは童子が地曳網のように連なって鯛をひいています。連なる造形そのものが、大漁の継続性をも暗示しています。

仲間で豊漁の悦びを分かち合う
万祝着(まいわいぎ)とは、主に房総半島から三陸沿岸地域で、大漁時の祝いとして網主から船子・網子に引出物として贈られる晴れ着の半纏です。藍に染めた地は空と海を表現し、そこに鶴亀、松竹梅、福神などの吉祥のモチーフが描かれます。
マイワイとは衣服の名称であると同時に、豊漁の宴の席の呼び名でもあります。東北地方の三陸沿岸では大漁の祝い着をカンバンと呼び、デザインにも地域性が見られます。

漁民の信仰を集める聖地
全国各地に漁民の信仰を広く集めた神社仏閣があります。なかでも大阪府の住吉大社、香川県の金刀比羅神社、静岡県の三島大社、兵庫県の西宮神社、宮城県の金華山、愛媛県の大山祇神社、山形県の善法寺などがあります。漁民は個人や集団で参ったり、若者を人生儀礼として代参させたりして護符の授与を受け、神棚や船霊に祀って豊漁を祈願しました。

天高くあげる祈願
凧はもともと中国で発明されたとされていますが、日本には競技や遊びとして伝わり、民間信仰と結びつき、凧を揚げること自体が縁起の良いことで儀礼的な側面を持っています。そのデザインは非常に多様で、子どもの成長祈願や商売繁盛、豊作・豊作祈願の凧もあります。
大漁を願う凧として、函館のイカノボリがあります。凧の名称としてイカを用いる地域は多く、この凧は文字通り函館港を代表する水産品であるイカの形をしています。

企画監修・文
加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。
