vol.01 海の民具ー磯で採るー

文: 加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) / 写真提供: 武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室(撮影=宮下晃久) / イラスト: 廣﨑遼太朗

海のMING GANGのキービジュアル

「うみは広いな、大きいな……」海と人の長い関わりの中で育まれた、恵みを得るための技や知恵(=民具)と、海に対して人々が抱いてきた大漁への願い(=玩具)を武蔵野美術大学 美術館・図書館 民俗資料室が所蔵する約9万点に及ぶ民俗資料コレクションから発掘。民具と玩具、それぞれの展示室を用意し、同大学教授の加藤幸治さんの解説で、いにしえから今へと続く人と海とのつながりの深さに触れる連載(企画詳細はこちら)。記念すべき第1回目は「磯で採る」をテーマに海の民具を紹介します。

浜と磯の地形と生きもの

日本列島の海と人との関わりを考えていく際に、人々の生活の場からもっとも近い場所にあるのが浜や磯です。海岸線が長い年月をかけて波に洗われ続け、岩や崖が露呈しているような地形では、さまざまな貝や海藻、カニや魚などの小さな生きものが、岩間を隠れ場所としています。また川から海へ流れ出た小石や砂が溜まって、砂浜や砂嘴を形成している場所や、塩の満ち干で干潟が現れるような場所では、砂中を棲み家とする生きものが見られます。

浜や浦といった海に面した集落では、その地の利から海辺で身近にとれる採集物を日々の食材としたり、加工品を製造して販売したりして、生計を営んできました。浜や磯の採集は、個人や家族など小さな単位で営まれます。そのため個人の技術や経験、天気や風、季節ごとの変化などの自然を読む知覚が求められ、一人ひとりの力量が試されます。

誇りと楽しみの生業

夕食のおかずとりや、保存して自家消費するための採集は、必ずしも専業化せずに行われる場合が多いです。おのずと、それに用いられる道具はふだん使いの農業、山での採集などに使うカゴや農具をそのまま持っていって使う転用品が一般的で、どの家の納屋にあるような素朴なものがほとんどです。

そうして獲得したものは、となり近所に分けて共有することがよくあります。海の産物を共有の資源として独り占めしないという規範の表れでもありますが、実のところ当の本人は人よりたくさん採ったことが自慢でもあるのです。こうした生計を営むための生業(なりわい)になる以前の小さな営みが、地域社会の潤滑油になったり緊張をもたらしたりするものを、民俗学の研究では「マイナーな生業」と呼び、共同体の重要な要素と考えます。

貝類の口開け=解禁日はクチアケ、カイコウなどと言い、年中行事として集落の休み日となったり、学校の休校日となったりこともありました。この日の作業は仕事というよりは楽しみなイベントでもあり、子どもから老人まで参加して海に入ると言う地域も多く見られます。また、初ものとして珍重し、その恵みをみんなで食べることは、自然の力をいただくことで健康や幸せに通じているとも考えられました。

専門化した磯の仕事

磯の環境が大変豊かな地域では、ウニやサザエ、ワカメやふのりなどの海藻、根魚と呼ばれるような磯に隠れる魚、エビやタコなどの海産資源を持続的に利用するためのルールを決めるなどして、技術的には個人的ですが、磯の漁業として集団的に行われます。こうした資源を守りながら共有する仕組みを、生業の研究ではコモンズと呼びます。生計維持のための季節労働として専門化し、海人/海女(あま)はその代表的なものです。


民具ギャラリー

何にでも使える万能な籠

日本一長い砂浜として知られる鹿児島県の吹上海岸のある加世田(鹿児島県南さつま市)で収集された竹籠がふたつあります。ひとつはチャツミテゴ、すなわち茶摘みの手籠という名称ですが、収集時のデータでは、茶摘みや草取り、磯の採取物の入れ物、秋には栗や柿の収穫にも使われた竹籠です。身一つで磯にも畑にも山にも向かう、半農半漁の生活を思い描くことができる民具です。

同じ地域で収集されたハマテゴ、すなわち浜で使う手籠は、潮干狩りに使うとあります。ハマテゴからは、潮干狩りに出かける楽しさが伝わってくるようです。

 籠(チャツミテゴ) 鹿児島県加世田市 M0002487

 ⼿籠(ハマテゴ) ⿅児島県加世⽥市 M0002485

磯で使うのは農具?

日本海に面した須佐湾(山口県萩市)のノリトリソーケは、岩のりを取るための箕笊(この地域でソーケ、ソーキと呼ぶ)です。ふつうは、脱穀した穀物の選別や運搬に使う片口の箕笊は、岩のりの水を切るのにもちょうど良いようです。

 箕笊(ノリトリソーケ) ⼭⼝県阿武郡須佐町 KT001243

手の延長にある民具

カイカキという貝を掻き取る手鍬は、広島県三原市で収集されました。現在はほとんどが干拓されてしまいましたが、かつては瀬戸内の穏やかな砂浜で潮干狩りをする情景が風物詩となっていました。手の延長にある素朴な民具と言えます。

 鍬(カイカキ) 広島県三原市 M0000797

沖縄県の伊是名島で収集された水中眼鏡は、クサトベラという日本では種子島以南に群生する常緑の低木を素材としています。ガラスをはめた水中眼鏡は大昔からあるものではありませんが、風土に根差した南国ならではの素材が生かされた民具と言えます。

 水中眼鏡(メガネ) 沖縄県島尻郡伊是名村 KM000479

企画監修・文

加藤幸治(かとう こうじ)
武蔵野美術大学教授、専門は民俗学(民具研究)。博士(文学)。和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、東北学院大学教授(同大学博物館学芸員兼任)を経て、2019年から現職。主な著書に『民俗学 フォークロア編:過去と向き合い表現する』(武蔵野美術出版局/2022年)、『民俗学 パブリック編:みずから学び、実践する』(武蔵野美術出版局/2025年)などがある。