オルタナティブ東京湾岸
東京という大都市は、これまで凄まじい変化を遂げてきた。1868年の明治維新以降の近代化、1923年の関東大震災。そして1964年の東京オリンピックに伴う首都高速道路の整備など、幾多の局面を経て現在の姿がある。

この陸地の発展と並行し、東京湾における湾岸開発および埋め立て造成は、多重の要因を背景に進行してきた。まず第一に、急激な都市成長と人口集中に伴う「住宅用地の確保」。第二に、工業用地・物流・コンテナターミナルの「敷地需要の増大」。第三に、都心から排出される廃棄物(焼却灰や汚泥)の「処分場確保」。さらに、港湾機能を維持するための「浚渫(しゅんせつ)」土砂の処理サイクルが、新たな陸地を押し広げてきた。その結果、江戸期には漁村や海苔養殖、水上生活が営まれていた佃島周辺の風景は、今や大規模な造成地と超高層住宅が連なる「人工化された海辺」へと変貌を遂げた。
こうした東京特有の課題に対し、かつて丹下健三は「東京計画1960」を、黒川紀章は「東京計画2025」を提唱した。彼らは「メタボリズム」という野心的な思想のもと、海の上という「何もない場所」に未来を投影したのである。それらの構想について、建築家・槇文彦は廃虚のイメージの上に構築される全く違うシステムだと評した。一方で、建築家・磯崎新はリネア、すなわち線形的なユートピアにしか見えないと批評した。

半世紀以上が経過した今、現実の東京湾岸はどうなっているだろうか。経済・機能主義を突き進んだ結果、東京は今も海の上の埋め立て地を開拓し続け、物理的な拡張とは裏腹に、私たちの心から「海」は遠ざかっている。
都市と海の関係を見つめ直すとき、私たちは何から学び、何を示すべきか。機能的な港や商業的なにぎわいは計画されていても、そこに「人の暮らしと海の直接的な関係」は描かれていない。この問題意識から、オソリサーチは2050年の東京のあるべき姿を見据えたリサーチを開始した。歴史的視点に着目し、他都市と比較することで、東京が持つ本来のポテンシャルを再定義する。これは、あり得たかもしれない東京の姿を「オルタナティブ東京」と名付け、リサーチやフィールドワークで見出した「if——もし〇〇だったら?」という仮説を起点に、仮想都市を描き出すプロセスである。
1. 東京湾の埋立と干潟の変化

出典:国立国会図書館書誌データ 2026年2月23日に取得
江戸時代の東京湾(江戸前の海)は、湾奥部に広大な浅瀬と干潟が広がり、ゴカイや貝類が水質を浄化し、魚の産卵や稚魚の成長場、渡り鳥の中継地としても重要な役割を果たしていた。
しかし、高度経済成長期を中心に東京湾の海岸線の約90%が人工化され、沿岸部はゴミ処理や土地拡張を目的に埋め立てられ、機能・経済主導の地区計画が優先された。

出典:関東地方整備局 東京湾口航路事務所ホームページ
その結果、物流拠点を基盤とする都市構造が形成され、航路確保のための浚渫(しゅんせつ)が必要となり、埋め立て地は浚渫土の受け皿としても機能する一方、複雑な干潟や砂浜、多様な生態系は失われた。
古くは遠浅で歩ける場所も多く、多種多様な底生生物や貝類が生息していた海岸線は、現在では直線的なコンクリート護岸が広がり、浅い入り江も“運河化”している。多くの区間で垂直護岸によって都市と海面が断絶され、市民が水辺に近づきやすい自然な遷移帯は限定されているため、都市と海の距離感は大きく拡大してしまった。
現在、三番瀬や谷津干潟のような例外的な干潟がわずかに残るほか、人工干潟の再生や水質改善により、生物が戻りつつある取り組みも行われている。干潟再生は単なる環境保護にとどまらず、防災や高潮対策、都市の温度上昇抑制(ヒートアイランド現象の緩和)にもつながる重要な課題となっている。
2. 海外都市との比較:コンテナリゼーション/埋め立てに対するマインドセットの違い
東京以外の都市の沿岸地区はどのような発展を遂げてきたのか。そこに本質的な違いはあるのだろうか。
世界の都市との開発の流れや制度を比較すると、制度や街の開発に対するマインドセット(生活の権利に対する考え方)に差異があることが見えてくる。東京のような機能・経済主義に基づく湾岸整備とは対照的に、ロンドン、ニューヨーク、アムステルダム、上海などでは、物流・港湾構造の転換(コンテナリゼーション)によって旧来の港湾・工業地が過剰化・価値低下した際、それらを住宅・商業・レクリエーション用途へ再開発し、水辺空間として再編することで都市価値を高めてきた潮流がある。このことから、埋め立てに対する各国のマインドセットの違いが条例に表れていると解釈した。
| 項目 | 東京湾(東京) | ロンドン(英) | ニューヨーク(米) |
| 主処理方法 | 焼却+埋立 | リサイクル+熱回収 | 埋立(他州輸送) |
| 埋立地の位置 | 東京湾の人工島 | 郊外または海外委託 | 他州・遠方 |
| 経済合理性 | 焼却灰で土地創出 | 税制・環境政策優位 | 輸送コスト<都市建設コスト |
| 政策的方向性 | 都市再利用・高効率化 | 炭素削減・再資源化 | 郊外依存からの脱却模索 |
| 環境負荷 | 低(高温焼却) | 低(再資源化中心) | 高(輸送・埋立) |
そこで東京・ロンドン・ニューヨークのゴミ処理方法や経済合理性に関するリサーチを進めたところ、ロンドンやニューヨークでは、埋め立てを抑制する、あるいは都市部ではなく地方で行う制度的誘導により、都市生活者が豊かな水辺空間で暮らす権利が尊重されていると読み取れた。
3. 一般的な都市モデルとやや特殊な東京モデル
ニューヨーク、パリ、上海、アムステルダム、ロンドン、東京の物流量と港を比較すると、東京が一般的な都市モデルとは異なる、やや特殊な構造を持つことが見えてきた。

<コンテナリゼーション以前: 水辺に近い暮らし>
1. 海辺の暮らし
<コンテナリゼーション以後:水辺に寄り添う再開発をされた都市>
2. 工場は郊外や国外へ移転
3. リノベーションして使われる旧工場や倉庫
4. ウォーターフロントの再開発をされる古い港
一般的な都市モデルでは、都市のウォーターフロントは、最終的に暮らしや商業、市民活動の場へ再開発される。
コンテナリゼーション以前、都市は海や河川沿いに形成され、発展とともに近接する岸辺で港機能が成長していった。消費地である都市と物流拠点である港が隣接することで、その周辺は工業地として発達し、都市・港・工業が一体となった構造を築いていた。
コンテナリゼーション以後は、コンテナ対応型ターミナルは旧来の港から離れた場所に整備され、物流コストの低下によりコンテナ輸送が主流となる。旧港はその役割を終え、ウォーターフロントとして再開発の対象となった。また、工業は郊外や国外へ移転し、かつての工業地帯も都市の拡大とともに再開発されていくこととなる。

<海へと進出する都市>
1. 用地の拡大 / ゴミ廃棄の最終処分場
<どんどん都市から遠ざかる海>
2. 工場や倉庫等は埋立地へ移動
3. ランドマークとなる大きな新築の建物
4. 海辺に高層マンションが林立
5. 海岸線は都市から離れていく
東京モデルはやや特殊な構造だ。廃棄物で土地を生み出す合理的な仕組みだが、都市生活者は次第にフロントラインから遠ざかる。
東京は湾を埋め立てながら都市を拡張し、常に最外縁のウォーターフロントにコンテナターミナルや工業機能を配置してきた。都市の廃棄物や浚渫土で新たに造成された埋め立て地へ港湾機能が移転し、背後の旧ターミナル跡地が再開発されるという循環が続く。
その結果、新たに接岸した土地に港湾・工業機能を集約し、周辺の空地はタワーマンションへ転換されてきた。住宅供給という行政課題と市場原理に基づく開発が交錯し、現在の湾岸風景が形成されたと考えられる。
4. 東京モデルの特徴:沿岸部の地区利用計画(コースタルゾーニング)
沿岸部は経済性・機能性が優先され、複数自治体にまたがる統一的な都市計画は存在しない。それにもかかわらず、東京湾岸では海に面する一列目は工業地帯である点が共通している。機能・経済主義を基盤としたベイエリアは、親水空間が少なく人の気配も希薄である。
海側から工業→商業→準住居→住居へと続くグラデーションが湾岸部の基本構造となるなか、千葉の一部沿岸や勝どき・佃周辺には、わずかに住居系地域が残る。

if:もし用途地域の配置が反転していたら?
海に最も近い一列目が居住地区であったとしたら、湾岸の風景や都市のふるまいはどのように変わっていただろうか。東京湾岸は、機能と経済を優先する都市ではなく、海とともにある都市として構想され得たのではないか。
5. 水上生活者の歴史
東京にはかつて水辺の生活者の文化が存在した。勝どきや佃といった隅田川河口では漁業を生業とし、家船(えぶね)で暮らしていた。東京湾の物流を支えたエッセンシャルワーカーであったが、経済的・社会的にはファベーラやスラムのような状況であった。この文化は都市の近代化に伴い排除され、隅田川や東京湾の係留船を恒常的な「住宅」として住民登録する仕組みはなく、港湾法・河川法・建築基準法の制約により事実上不可能となった。仕組みが豊かな暮らしの文化を消し去ってしまった。


世界の水上生活者をリサーチすると、ロンドン、アムステルダム、コペンハーゲンでは、水上住宅やハウスボートが行政に恒久的住宅として認められ、住民登録や納税、学校・医療サービスも利用できることがわかった。居住には係留場所の認可や住宅設備の基準を満たすこと、恒久的に居住することが条件であり、テムズ川や運河沿いには電源や水道など生活インフラが整備されている。ロンドンでは住宅購入より経済的にボート暮らしを選ぶ人も一定数存在し、アムステルダムやコペンハーゲンでも個人所有の浮き家や学生向け集合住宅が港湾管理会社や市から係留場所を借りて居住している。現代の水上住宅はさらに高度な技術を備え、太陽光発電や海水熱ヒートポンプ、断熱材エアロゲルなどで快適な居住環境を確保しつつ、電力や下水道に接続して環境負荷を抑える設計が求められている。
if:もし水上生活者の文化が残っていたら?
アムステルダムやロンドンのように、水上住宅が恒久的な居住形態として制度に組み込まれていたら、東京の水辺は、機能と効率の空間ではなく、生活と環境技術が交差する場になり得たのではないだろうか。
6. ウォーターフロント再開発の近年のトレンド
近年のウォーターフロント開発では、地球温暖化による海面上昇や洪水リスクへの備え、生物多様性の保全、都市生活者のレクリエーション空間の確保が重視されている。シカゴを拠点とする建築設計事務所、スタジオ・ギャングによるプロジェクト「ノーザリー・アイランド(Northerly Island)」や、ロッテルダムをベースに活動する建築家集団、MVRDVが作成した海面上昇カタログでは、近年、海側に自然公園や親水空間を配置し、高台から海面まで緩やかに変化する地形断面をつくることで、潮位や水位差に応じた異なる植生や生物群を連鎖的に配置する“生態系チェーン”の構築が見られる。
その他、オスロ(ノルウェー)に本拠を置く設計事務所、スノヘッタが設計した〈オスロ・オペラハウス〉や、ヘザウィック・スタジオが設計した公共公園〈リトルアイランド〉、海洋建築スタジオMASTが開発した〈ランド・オン・ウォーター〉など、世界のウォーターフロントでは、都市生活者向けの文化・商業・レクリエーション施設として整備されるビルディングタイプの事例が見られた。
7. 日本と世界の暮らしの権利
各都市の条例を比較すると、日本では機能・経済主義に基づく規定が多く、人間活動の豊かさを保障するものとは言い難いことがわかった。一方、欧米では公共空間や住宅空間に対して「暮らす権利」を担保する条文があり、設計段階で具体的な住環境を形づくるツールとして機能している。例えばロンドンでは、居住施設の最低必要外部空間が1ベッドにつき5㎡+1人につき1㎡と定められ、オーストラリアやオランダではバルコニーや専用庭の面積や深さまで規定される。フランスやドイツ、カナダでは基準が自治体単位で決まる場合もあるが、公共空間や私的屋外空間の確保が設計慣行に影響している。
この背景には、欧米では公共空間を自分のものとして権利意識を持つ文化があるのに対し、日本では「自治体によって提供されるもの」という感覚が根強いことがある。オソリサーチは、シンプルな条文一文でもこの感覚を変える可能性があり、一定規模以上の開発に公共空間への環境的貢献を義務付けることで、開発と自然環境・市民の権利を両立させることができるのではないだろうかと考えた。
8. 現実と想像で捉える都市の本質
都市と人間の関係を考える手がかりを与え、都市研究やデザインへの示唆を深めてくれる2つの本がある。陣内秀信著の『東京の空間人類学』では、江戸の下町を巡る水上バスや橋のたもとの広場(広小路・橋詰め)など、都市空間と市民生活が密接に結びついた具体的な事例を通して、江戸の豊かな水辺文化を歴史的・地理的に解読している。一方、イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』では、旅行家マルコ・ポーロが想像上の都市を元皇帝フビライ・ハーンに語る形式で、都市が人間の記憶や欲望、社会の複雑さを映す存在であることを示している。
両者に共通するのは、都市は単なる物理的構造ではなく、人々の生活や文化、価値観を映す場であるという視点である。しかし方法は異なり、陣内は歴史的・現実的な都市事例を分析する学術的アプローチであり、カルヴィーノは文学的想像を通じて都市の本質を哲学的に描いている。
*参考文献
岡本茂男 写真・鈴木嘉吉 編『不滅の建築 4 厳島神社 : 広島・厳島神社』毎日新聞社 1988年
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レム・コールハース、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト著『PROJECT JAPAN:Metabolism Talks…』TASCHEN 2011年
Rashid bin Shabib著『THE ANATOMY OF SABKHAS』Rizzoli 2021年
Think the Earth『あおいほしのあおいうみ』紀伊國屋書店 2024年
原 研哉+日本デザインセンター原デザイン研究所著『BLUE OCEAN DOME 海と話そう。』ゼリ・ジャパン 2025年
佐々木剛著『日本の海洋資源 ―なぜ、世界が目をつけるのか』祥伝社 2014年
渋谷正信著『海のいのちを守る:プロ潜水士の夢』春秋社 2014年
マルク・レビンソン 著ほか『コンテナ物語 : 世界を変えたのは「箱」の発明だった』(増補改訂版)日経BP 2019年
ポール・ホーケン 編著ほか『リジェネレーション〈再生〉 : 気候危機を今の世代で終わらせる』山と溪谷社 2022年
ポール・ホーケン 編著ほか『ドローダウン : 地球温暖化を逆転させる100の方法』山と溪谷社 2021年
西平守孝著『足場の生態学 (シリーズ共生の生態学 8)』平凡社 1996年
マイク・ハンセル 著ほか『建築する動物たち : ビーバーの水上邸宅からシロアリの超高層ビルまで』青土社 2009年
畔柳昭雄著『海の建築 : なぜつくる?どうつくられてきたか (文化とまちづくり叢書)』水曜社 2021年
長谷川尭著『生きものの建築学』平凡社 1981年
Anna Aslaug Lund, Ole Fryd & Gertrud Jørgensen著『Urban Shores – Towards Landscape-Based Coastal Adaptation』Danish Architectural Press 2025年
『Oceans of Life 命の海』Vogue Portugal 2025年
イタロ・カルヴィーノ著『見えない都市』河出書房新社 2003年
槇文彦著『見えがくれする都市』鹿島出版会 1980年

リサーチで明らかになった埋め立て、ショアラインのゾーニング、水上生活文化、親水空間整備などの課題について、かろうじて住居エリアとして残る場所であれば、ベイエリアにおける豊かな水辺暮らしの文化や権利について、さまざまな仮説を検証できるかもしれない。そこで、江戸時代に「水の都・江戸前」として多くの船が行き交い、町人で賑わっていた築地・勝どき・佃エリアを対象に、人工干潟や埋め立て地の活用などリサーチの主要な要素を実地で体験するため、オソリサーチとみなとラボは各所に出向いてフィールドワークを行った。

1. ウォーターズ竹芝
2020年に浜松町駅近くの海岸エリアに開業した水辺の複合施設。江戸前の海のような生態系を取り戻すことを目指し、干潟を整備している。多様な生き物が生息できる連続的な環境の整備を目的に、学校・研究機関・市民・行政が連携し東京湾再生のモデルケースとなる環境づくりを進めている。(photo:Photo AC)

2. 竹芝干潟
ウォーターズ竹芝の敷地内にある竹芝干潟では、東京湾在来の種を用いて塩性湿地や海岸植生を再生し、失われた干潟環境の回復を目指している。干潟は水質浄化など重要な機能を担うが、東京湾ではその90%以上が埋め立てにより失われており、再生への協働が求められている。

3. 勝鬨橋
隅田川を挟んで向かい合う築地と勝どき。勝鬨橋を渡った先の親水空間は、運河沿いに並ぶオフィスや集合住宅の陰に覆われ、日当たりも悪く、水辺を利用する人の姿はなかった。勝鬨橋は橋というより埋め立て地の延長のようで、歩いていても海の気配を感じにくい。車道中心の整備によって橋詰めの広場も失われ、平坦な人工地盤にはグリッド状の道路が走る。海辺の文脈よりも都市機能を優先した空間が広がっていた。

4. 築地 / 5. 勝どき
旧築地市場は現在、複合施設やアリーナ建設に向けた大規模再開発が進んでいる。一方、勝どきは東京湾の澪浚工事による埋め立て地として誕生し、かつては「勝鬨の渡し」と呼ばれる渡し舟が築地との間を結んでいた。1940年に勝鬨橋が完成すると渡し舟は廃止されたが、それ以前は隅田川河口を多くの船が行き交い、水辺を中心とした活発な市民活動が営まれていた。現在の姿からは想像しがたい風景である。
if : もし築地 / 勝どきエリアに干潟が整備されていたら?
干潟に十分な日射を確保するためには、水辺の1〜2列目の建物を低層に抑える必要があるだろう。もしそのような環境保全を前提とした条例が存在していたなら、高密度な土地利用は見直され、親水空間には豊かな陽光が届いていたはずだ。その結果、多くの人が心地よく滞在できる、開放的で生態系と共存するベイエリアが形成されていたのではないだろうか。
if:もし「水都東京」としての堀割や渡し船の文化が残っていたら?
いま都市で見かける「はたらく車」のように、水上にも多様な“はたらく船”が行き交っていたのではないだろうか。水上バスや観光用の船だけでなく、宅配船、資材運搬船、引っ越し船、警察船、救急船などが日常的に往来する風景。勝鬨橋の上から、そうした船で賑わう東京湾を見下ろすことができたかもしれない。

6. 葛西海浜公園
葛西海浜公園には、高度経済成長期に失われた東京湾の自然を再生する環境プロジェクトとして作られた人工干潟がある。干潟を人工的に復元することで、トビハゼやアサリなどが生息する豊かな生態系を取り戻した。特筆すべきは、干潟の自然浄化機能を回復させながら、人が触れ合える場として活用している点にある。保全を重視する「東なぎさ」と、親水利用が可能な「西なぎさ」を分けて整備し、2018年には都内初のラムサール条約湿地に登録された。大都市近郊で持続可能な干潟環境を実現した、国際的にも貴重なモデルである。

7. 海の森公園
海の森公園は、東京港のゴミ埋め立て地を豊かな緑の森へと再生する「海の森プロジェクト」に基づき、2025年に江東区にオープンした。海に面した斜面には、潮風や強風に強いシイ・タブノキを前面に配置し、その背後に落葉樹や昆虫・鳥の餌となる樹種を層状に植える「ミルフィーユ構造(階層的植栽)」を採用。風を和らげながら多様な生態系を育む「風の森」を形成している。また、廃棄物由来の土壌改良材を活用し、関東産の苗木のみを用いることで生態系のかく乱を防ぎつつ、生物多様性を保全する。かつての“ごみの山”は、自然の循環機能を備えた持続可能な森へと生まれ変わりつつある。
if:もし隅田川の河口に、ラムサール条約で保護された環境保全エリアが整備されていたら?
豊かな干潟に野鳥や多様な生きものが戻り、その周囲には環境に配慮した親水空間が広がっていたかもしれない。そこでは人々が静かに自然と向き合い、ともに時間を過ごしていたのではないだろうか。望遠鏡をのぞき込みながら、人と自然が共存する風景を思い描いた。
8. ヴェネツィア(番外編)
オソリサーチは、アドリア海の潟に浮かぶ100以上の島々を橋と運河で結んだ、世界的にも珍しい「水の都」と呼ばれるヴェネツィアへ。マルコ・ポーロ空港に着くとすぐ、地元の人々が通勤に使う水上バスに乗り、アドリア海からヴェネツィアに上陸した。この航路を通じて、「水の都」の日常的な生活風景を体感できる。

(photo:OSO Research)

(photo:OSO Research)

(photo:OSO Research)
特に印象的だったのは、東京で道路上を走る「はたらく車」にあたる船たち。本土から島に渡る際も車は島内に入れず、島の入口にある立体駐車場に停めて徒歩や水上バスに乗り換える仕組みになっている。無数の水路と小さな橋が張り巡らされ、運河沿いのにぎわいは、かつての江戸の堀割りや橋、小規模な市民活動の光景を思い起こさせた。

クリティカル年表
リサーチとフィールドワークを経て、これまで生まれてきた様々な「if」に対し、「こんなはずではなかった」という状況の原因が、歴史上のどこかにあるはずだと考えた。2050年の東京湾岸の都市と海のあり方を見据え、まず敷地対象である勝どき・佃エリアの歴史上の重要な出来事を整理し、建築的提案の手がかりを探した。そして、プラン作成のために3つのシナリオを設定した。

オルタナティブ東京湾
オソリサーチは、クリティカルな年表における3つの起点に着目し、「もしあのときこうなっていたら」という視点から、東京湾・ベイエリアのオルタナティブな都市像を描いた。この試みを通じて、東京の都市史が辿ってきた過ちや、失われてしまった大切なもの、見過ごされがちな都市の側面など、多様なファクターを浮き彫りにすることを目的としている。

シナリオ1:
2000年 勝どき 大江戸線開通
→倉庫・工場地帯からタワーマンションが林立する
→湾岸の超高層住宅街へと変貌
if : もし大型開発に対する環境整備条例が整っていたら
これは、「日本人が公共空間における生活権を尊重する風潮があったら」という仮説に基づく、仮想都市東京の一例である。大江戸線が勝どきまで開通したこの時期に、欧米のように「市民生活の権利を守る」という一文が条例に加えられていたらどうなっていただろうか。

2. タワマンや大規模商業施設は2列目以降の内陸側。
3. 1住戸あたり5㎡の干潟・親水空間を整備。
4. 勝どき〜晴海間に工場・倉庫・スタジオを配置。小舟による集荷・配送アクセスを確保。
5. 荷下ろしエリアを設置。小型船のみ海岸へ到達可能。
6. 水上ハウスやハウスボートが並ぶ景観。
7. 橋のたもとに広小路(プラザ)や公園。
8. 親水レジャーエリア。水に親しむスポーツやアクティビティの研修施設。
9. 海面にゆらゆら浮かぶ水上バス乗り場、公園、交番、病院。
例えば、一定規模以上の開発では、住戸1戸につき5m²の干潟整備を義務付ける条例があったとする。勝どき・佃エリアのタワマン約10,000戸を対象にすれば、合計50,000m²の干潟が整備され、沿岸1kmにわたり干潟や親水空間が広がる計算になる。干潟の環境保全のため沿岸1列目の建物は高さ制限を受け、従来のタワマン景観は内地側に移動。沿岸部は親水空間、低層住宅、商業施設、橋や広小路が整備され、にぎわいある水辺が形成されたはずである。
このシンプルな条文だけで、従来の「沿岸1列目が工業地帯」という典型的な土地利用は覆されうる。この仮想条例を「東京湾岸水辺共生都市形成条例(Tokyo Bay Coast Line Design Guideline)」と名付けた。

シナリオ2-1:
1965年 東京湾のゴミによる埋立て本格化(夢の島)
→水上生活者撲滅
if : もし水上生活者の権利が守られていたら
1940年の勝鬨橋開通により、「勝どきの渡し」という渡し舟文化は廃止された。隅田川河口で漁業を営んでいた佃・月島の水上生活者は、1965年までの埋め立て地拡張と近代化の名の下で撲滅された。都市の近代化や経済優先の結果、水上生活者には住民権や教育の権利が与えられず、船は住居として認められず、インフラへの接続も法的に保障されなかった。
もし水上生活者の文化と権利が尊重され続けていたら、東京はどのような都市になっていただろうか。多くの人が船を住宅として保有し、桟橋に停泊してインフラに接続する社会。沿岸部は桟橋やポンツーン(浮桟橋)で形成され、堤防の境界線はあいまいなショアラインを描いたはずである。

2. 住居やレジデンスタワー、生活に必要な商業施設を備えた水上街。
3. 橋や桟橋。
4. ポンツーンのような浮体構造。
5. 増築されていく浮かぶ敷地。
6. 陸上生活者と水上生活者をつなぐ橋。
住宅需要によるタワマン林立は変わらなかったとしても、建築は浮体構造の上に成り立ち、船で直接エントランスにアクセスできる世界が広がったかもしれない。

シナリオ2-2:
もしくは、島には無数の小橋がかかり、橋詰や広小路が干潟を囲むように配置され、江戸前の生物多様性を守る水辺環境と共生する立体的な町並みが形成された可能性もある。

このシナリオでは、「水辺の暮らし」という文化を残すことで、多様な建築形式や公共空間が生まれ、江戸やヴェネツィアのような「水の都」としてのにぎわいが再現される。連続する小橋や広小路、運河沿いの作業船や商店を歩く人々の楽しげな光景が都市空間に広がっていたことだろう。

シナリオ3-1:
1880年 江戸時代の終わりとともに都市は近代化・工業化が進む
→道路整備や衛生対策(伝染病予防)、干潟の埋め立てが急速に行われた
→築地にはまだ当時の堀割りが残っている
if : もし堀割を埋め立てず、文化として活用していたなら
日常的に船の往来が活発だった江戸の水路網と現代のヴェネツィアを読み替え、勝どきエリアに1/1スケールのヴェネツィアを挿入した。浜離宮の対岸にはサンマルコ広場が位置し、日当たりの良い公共広場や主要建築の配置は、現代の東京の街と自然にフィットする。カナル・グランデは築地正面から豊洲まで曲線を描きながら島中央を優雅に流れ、その途中には主要な水上バスのステーションが点在し、細かな水路をたどればどこへでも船でアクセスできる。

2. 埋立地の先に小納屋や工場が並ぶ構成。
3. この地で働く人が住める住居を敷地内に確保。
4. 旧築地市場が残る設定。
5. 割堀を延長し、陸と水が入り組む構成。
水路がここまで張り巡らされると、水上バスは主要公共交通手段の一つとなり、「勝どきの渡し」も存続。隅田川河口の活発な船の往来がにぎやかな都市景観を生み出しただろう。

シナリオ3-2:
あるいは、築地の堀割が現代まで残っていた場合、堀割に沿って順次陸地側から埋め立て、沖へ向かって小規模な島を連続的に形成するような開発も考えられる。各単位の中で商業・住宅・文化施設・広場が混在し、有機的に発展する都市構造だ。この場合、旧築地市場へアクセスできる湾さえあれば、大きな支流は不要で、堀割の地形も現代まで引き継がれ、勝どきの景観や都市機能は今とはまったく異なる姿になっていたかもしれない。

東京湾岸計画2050

オルタナティブ東京湾3つのシナリオをベースに、いくつかのオルタナティブな東京湾岸の姿を考案した。その世界には、リサーチやフィールドワークで感じたアイデアを盛り込み、現実社会で実践可能な要素や「こうすればもっと良くなるのに」という案を多数発見できた。これらを実際の敷地に建築的提案として適用することで、2050年の東京湾岸のイメージへとつなげていくことを目的としている。



Infinite Pontoon


インフィナイトポンツーンは円形の桟橋で、一周約2.5km。ランニングや散歩コースとしても利用できる。東京では海を身近に感じることが難しいが、少し海上に飛び出せる場所があれば、暮らしと海の距離はぐっと近づくだろう。
Floating Garden


フローティングガーデンは現代版の広小路であり、水上のガーデン、あるいはフローティング広小路とも呼べる。かつて勝鬨橋のたもとにあった火よけ地としての広場は不要になり、橋に付随するにぎわい文化は失われた。しかし、この現代版の広小路であれば、現行都市計画に縛られず、即効的な場所づくりが可能である。
海上に浮かぶため太陽光がよく当たり、橋の上から人々のくつろぐ姿を垣間見ることもできる。河口付近では淡水と海水が混ざるため、環境に適した植物(例えばマングローブ)を自生させることが可能かもしれない。さらに、浮体構造を工夫して生物が付着し住処にしやすくすることで、海藻や牡蠣の成育を促し、ブルーカーボン生態系との共生も期待できる。
Floating Sunken garden


浮体構造のサンクンガーデンは、床が水面より低く設定されているため、アイレベルが水面に近い広場である。フローティングガーデンと同様の機能を持ちながら、普段意識しない視線高さを体験できるため、非日常的な水上広場として楽しめる。また、地球温暖化による水位上昇を意識させるインスタレーション装置としての役割も果たす。
Floating Reef


フローティングリーフは浮体構造の藻場で、水深の深い場所から水上までユニット形式で拡張可能である。各生物が自分の都合で足場として利用できる環境回復型のストラクチャーで、ブルーカーボン生態系に寄与することを目的としている。さらに、水中部分を漁礁として設計すれば、小さな海中生物の産卵場所や隠れ家となり、潮流を変えてプランクトンを舞い上げることで周囲の魚の生育も促す。これにより、人間の経済活動や漁業とも親和性の高いデザインが可能である。
Floating Pool


水辺に浮かぶプールで、都市生活者が利用できるアクティビティを備えている。アクセスは自前のボートで横付けでき、開放的に遊べる場所である。
Floating Houses


欧米ではすでに一般的な水上住宅である。水上生活者の停泊・居住区を制度化し許容する社会では、生活と「水質・生態系の維持管理」が不可分に結びつく。係留居住区では住民自身が日常的に水質観測やゴミの回収を行い、ロンドンのリージェンツ運河のような「水上生活者による水辺メンテナンス文化」が生まれる。行政主導ではなく、生活インフラとして定着することで、都市政策としての水上居住支援と住民の水質改善活動が共通理解となり、東京湾の水質向上や「海の都市」としての自己意識形成につながる可能性がある。
Floating Bus Stop


旧築地市場はアリーナを中心とした大型複合施設へ変貌しつつある一方、対岸の勝どきベイエリアは住宅地が中心で、高層建物の日陰もあり、海沿い遊歩道は想定ほど賑わっていない。築地再開発に合わせ、環境共生型の人口干潟や小規模でヒューマンスケールの商業・住宅施設を整備することで、両岸はより豊かなウォーターフロントを形成できるだろう。その際、かつて廃止された「勝どきの渡し」を復活させ、水上バスやタクシーボート、観光用ゴンドラが往来することで、東京湾水上交通網(仮称:Sea Loop)が構築され、浮体構造のバス停が連続して新たな都市の顔を作り出す。
Protected Nagisa


都市型水辺生態系として整備された人工干潟である。交易の活発な地域のためラムサール条約指定は難しいかもしれないが、人間が立ち入れない自然保護区として創出することで、浅瀬やヨシ帯などの自然緩衝帯が残り、都市内の自然緑地として機能する。鳥類や魚類の生息地を維持できるほか、先述のフローティングガーデンやフローティングリーフなどの浮島緑地と連鎖的に配置することで、水鳥や昆虫、藻類が連続的に生息できる構造に進化する。これにより、東京湾のショアラインはカミソリ堤防型ではなく、潮の満ち引きに応じた緩やかな地形断面を持ち、生態系連結性が高まる。
Loading Bay


豊かなベイエリアやショアラインを形成するために必要なのがローディングベイ(荷揚げ場・埠頭)である。歴史的港湾施設から現代の貨物輸送、観光・交通用桟橋まで、その役割は変化しつつ存在してきた。ロンドンのテムズ川のように、大型貨物船が停泊して荷を小型船に積み替える中継機能を持つことで、建築的仕掛けや生態系保全を両立する「水の都」を維持できる。東京湾では海上物流のため浚渫事業が繰り返され、その土を埋め立てに利用してきたが、浚渫土は放置すると産業廃棄物となり、処理や資源活用の課題を抱える。
海と川の境界にローディングベイを設ければ、浚渫量の削減や水質・生態系の保全が可能となる。さらに、小型中継船や雇用の拡大、自由なショアライン設計など、ベイエリアの賑わいと親水空間整備の可能性も飛躍的に広がるだろう。
コーストラインの変化に向けて
もし行政が水上生活者を「排除」ではなく「共存的な住民」として制度化すれば、東京湾岸は「陸地を増やす都市」から「水際に暮らす都市」へ転換する可能性がある。この場合のコーストラインは、現実の直線的な湾岸から“水上共生型湾岸”へと変化する。護岸ブロックによる硬いラインは、入江・デッキ・フローティング構造による可変的なラインに置き換わり、埋め立て地によって海を後退させる従来型の湾は、浮桟橋や係留住居によって海面上の利用が拡張される。港湾・物流優先だった都市計画は、住居・交流・漁業・物流が混在する多層的ウォーターフロントへと進化し、水上市場や桟橋商店、カフェなどが点在する親水型生活圏が形成される。
結果として、湾岸は均質で一直線なものではなく、「半島と入江が交互に現れる、呼吸する海岸線」になるだろう。また、住民主体の清掃活動、フロート上の植物や水中生物による自然浄化、教育・観光資源化による海と共に学ぶ場など、「海の街」「水の都」としての自覚から生まれる活動が想定される。
こうした海と関わる都市構造は、陸が海を押しのけて線引きされた従来の都市とは異なり、海と陸が互いに滲み合い、人間生活がその境界を曖昧にする「流動する都市生態系」としての東京を生み出す可能性がある。

Text & Edit : OSO Research(Shogo Onodera, Ayaka Suzuki, Daichi Sato, Koji Sasaki, Ichiro Mishima, Chris Thompson)
Edit : 3710Lab
Photos : Ichiro Mishima