「海の未来」を聞く vol.6
北川フラム(アートディレクター)

五感が開かれる海での体験こそ、美術で表現したいものである
海の復権を掲げる「瀬戸内国際芸術祭」。その初回から総合ディレクターを務めるのがアートディレクターの北川フラムさんだ。「瀬戸内国際芸術祭2025」では「塩サミット」を開催した。海が人をつなぐように、塩も縁をつなぐ。塩の研究者、塩業関係者、塩の文字を冠する苗字をもつ人、塩尻や塩竈のように塩がつく地名の人など、あらゆる角度から「塩」について語り尽くす世界初の試みだった。

北川さんの視点は雄大だ。芸術祭では、まず日本列島の成り立ちから考えた。ユーラシア大陸が変動し、日本が生まれる。地球を覆うプレートのうち4つが重なる希有なポイントで、今も地殻変動は続く。それゆえ災害に見舞われるが、つまりそれは「生きている場所」だからだと北川さんは捉える。
「偏西風が日本海の水を吸い上げ、山脈とぶつかって、雨を降らせ、雪を降らせる。僕が生まれた新潟はそういう土地です。一方で瀬戸内は水が少ない。日本にはいくつもの構造線があり、それをベースに重なるいろいろなものを見る。土地があり、植物が育ち、植生ができ、動物が育ち、人間が加わる。このように生命が循環するモデルをしっかり見据え、日本列島とはなにか、日本の文化とはなにかを、芸術祭を通じて考えていきたいのです」
なぜなら「日本列島はホモサピエンスにとってのフロンティアだから」だと続ける。
「日本は重要な行き止まりです。世界各地の半島で、いろいろな文化が戦った。半島は、渡来したさまざまな文化から何を選ぶかという経験を重ねました。しかし日本は漬物小屋(収穫した野菜を冬の食料として漬け込むための雪国に見られる小屋)みたいなもので、とにかくすべてを入れておく。だから極東の島国でありながら、世界の人類史の中で大きな翼を広げることができた。それを象徴するのが発酵文化でしょう。北から南から大陸から半島からやってきた人たちが混じり合って発酵文化を作った。理屈を超え、とにかくいろんな人たちが海からやってきたのです」

芸術祭はそれをアートでなぞる。日本は国土面積で見ると世界で62番目だが、海岸線の長さで見ると6番目。だからこそもっと海に目を向けたいと北川さん。瀬戸内は特に、世界から海を通じて人々が集うことができる場所だという。芸術祭には諸島をもつ国の参加希望が多い。それは飛行機がいかに移動手段の主流になろうと、人々の根底には海の記憶が宿っているからだろうという。
「日本は特に海で考えないとダメなんじゃないかな。命が生まれてくる場所です。とにかく海は、隔てもするし、つなぎもするのです」
島だけではなく、半島からも海を見たいと北川さん。たとえば能登半島の先端に位置する珠洲は、古くから大陸との交流を行ってきた。震災による被害は痛ましいが、それでも人々は海と関わり続ける。海は畏怖の場であるとともに祝祭の場であり、さまざまな地域で海と関わりの深い祭りも行われる。これまでも瀬戸内、珠洲、房総といった土地で、芸術祭を編んできた。
ここで北川さんは、新潟県の佐渡島に伝わる民話「佐渡情話」を例に出す。佐渡で暮らす娘と対岸の柏崎から漁にやってきたものの時化で帰ることができなくなった男の恋物語だ。天候が回復すると男は柏崎に帰り、そこに妻子がいた。日に日に想いを募らせる娘はたらい舟で柏崎へ渡り、神社の境内で逢瀬を重ねる。しかし男は毎晩やってくる娘をやがて疎ましく、そして恐ろしく思うようになる。男は柏崎への目印となる岬の灯火を消す。目印を見失った娘は海を彷徨い、数日後にその亡骸が打ち上げられた。この悲恋は昭和にレコードでヒットし、知られるようになる。
「壮絶な物語です。これは海がもつもう一つの側面を見せる物語であるし、アンデルセンの物語とも近似性がある。ただ、芸術祭での海はできるだけ、楽しい、面白い、ということを味わってもらいたい」

ホワイトキューブで見せることに批判はないが、やはりアートをサイトスペシフィックに展開していく時代だと北川さんは考える。地方の開催が多く、いまも週のほとんどは始発最終の電車でどこかへ出張を重ねる。
「美術を単純に観光の手段とするのではなく、交流の場としたい。いまや越後妻有の芸術祭は中国にも影響を与えています。国の重要な施策である五カ年計画においても芸術祭が地域活性に重要だと記されているほどです」
最後に、未来に残したい海とはなにかを尋ねた。
「海に潜り、息が切れ、海面へ上がっていく時にふわっとした光を感じる瞬間がなにより好きです。つまり体験。明かりがなく、呼吸もなくなりながら、海で五感が開かれる。その感覚こそ、美術で表現したいもの。肉体や精神がなくなったように、ただふわっと溶けていくような感覚はある意味でもっとも開かれた感覚といっていい。それこそが僕の原点かもしれません」

北川フラム(きたがわ ふらむ)
アートディレクター、アートフロントギャラリー代表。1946年新潟県生まれ。東京芸術大学美術学部卒。1971年に東京芸大の学生・卒業生を中心に「ゆりあ・ぺむぺる工房」を設立し、展覧会やコンサート、演劇の企画・制作に関わる。1982年、株式会社アートフロントギャラリーを設立。アートによる地域づくりの実践として「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000~)、「瀬戸内国際芸術祭」(2010~)、「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」(2014、2021)、「北アルプス国際芸術祭」(2017、2021、2024)、「奥能登国際芸術祭」(2017、2021、2023)、「下呂 Art Discovery 2026」、「房総国際芸術祭 アート×ミックス2027」で総合ディレクターを務める。フランス芸術文化勲章シュヴァリエ、ポーランド文化勲章、朝日賞など受賞多数。2018年文化功労者。