「海の未来」を聞く vol.3
小久保隆(環境音楽家、サウンド・デザイナー)

世界を録音する旅で訪れた アフリカのビーチリゾート
緊急地震速報のアラーム音や電子マネー「ID」のサイン音などのサウンド・デザインを手がける一方、山や川、そして海の自然音を織り交ぜた作風の”環境音楽家”としても知られる小久保隆さん。1980年代より世界各国へ出向いては、自然の音の録音も頻繁に行ってきたなかで「どんな国へ行くにしても、最初は、動物の鳴き声など音のバリエーションが多い丘や山のほうから録りはじめて、最後には海のある町へたどりつくのが定番のコースになっています」という。
「たとえば、アフリカ・ケニアのサバンナに2週間ほど滞在したときの話だと、首都のナイロビは高地にありますし、海のイメージはあまりないと思うんですが、東のほうへ向かうとインド洋のビーチ・リゾートがちゃんとあるんです。テントで寝泊まりをしながら、マサイマラ国立保護区をはじめとしたサバンナを何ヶ所も回って、ライオンやカバ、鳥の鳴き声などを根気強く録音する。そして、最後はインド洋の海辺の町に出て、自分にごほうびをあげるような形で、リラックスして過ごしました。海は、僕にとって”いやし”なんです」
フィジーの島に”ゴーッ”と響く 発電機の音
しかし、海の音を録音しようとすると、思わぬ障害が待ち構えていることもある。
「1990年代に訪れたフィジーのマタマノア島は、コテージが10棟もないくらいのリゾート地でした。でも、観光客のためにも電気は必要なので、石油をガンガン燃やすジェネレーター(発電機)がずっと稼働しており、島のどこへ行っても”ゴーッ”という音がしているんです。写真家の方だって、ジャマな電信柱があったら撮りたいものを撮れないですよね? それと同じで、”あそこの波の音が良い””この鳥の鳴き声が良い”と思っても、ジェネレーターの音がしていたら、僕も録れないんですよ」
宿泊施設の支配人に「お金を払うので、このジェネレーターを30分だけ止めてほしい」と願い出るも、さすがに無理だと断られる。しかし、小久保さんは諦めなかった。
「滞在するうちに、ジェネレーターの音があまり大きくない時間帯がわかってきたり、ジェネレーターと録音する場所の間に丘が挟まっていると、影響が少なく済むことに気づいたりして、どうにか探り当てて海の音を録ることができました」

波の音だけを 録ろうとしても、録れない
今も年に3回ほどのペースで世界各地を録音のために訪れているという小久保さん。そうしたなかで「全世界のあらゆる場所で経済が発展していって、波の音を録ろうにも人工音が入ってしまうケースが増えた」といい、自然の音だけしか聞こえない海が希少であることに思いを馳せる。
「車の音や機械の音などの人工音が入ってない、手つかずの自然の音を”ナチュラル・クワイエット”と言います。日本語で言えば、”自然の静けさ”。こうした環境の海もどんどん減ってしまっていますが、これこそが、僕の”未来に残したい海”。だからこそ、こうして毎年、音を録って残しておこうと、いろんな国に足を伸ばしているんです」
およそ40億年前に地球上の生命体が海で誕生し、丘に上がる形でヒトに進化してきたという考えにも触れ、
「人間はDNAレベルで、海への憧れが刻み込まれているように思うんです。ボーッと海を見ているだけで、どんどん自分を取り戻せるような感覚がある。癒されるという以上に、本当の自分が探しだせる。海と一体になる、もっと大きな言葉で言うと、地球と一体になることで、自分が何者だったかわかってくるように思っています。自然の音に囲まれて録音をしているときには、”俺ってこういう人間だったな”とふと思い当たったりと、自分探しをしているようにも感じていますね」

都市生活者は いつもザワザワしている
一方で、都市はノイズが少なくない。車や電車などの交通騒音、工事や建設作業の音や振動、広告やアナウンスの音声、慌ただしい隣人の生活音などに溢れているが、小久保さんは「都市生活者は呼吸も浅くなって、ザワザワしている。まずは自分をクワイエットに持っていくことが重要ですよ」と言う。
「私が放送大学で講師を務める音楽の授業では、”耳を澄ます”という時間を設けています。”5分間、音を立てずに静かにして、聞こえてくる音をどんどんメモしてみてください”と。我々は感覚が鈍っていますから、最初は10個の音も聞きわけられないんですが、”もっと自分を静かにしてください。衣ずれの音、鉛筆でメモを取る音なんかも、なるべく小さく済むようにして、耳を澄ましてください”と言って、再度挑んでもらう。すると、”蛍光灯の音が聞こえた”などと、普段は気に留めない人工音の存在に気づいたり、”自分の心臓の音が聞こえた”という人もいたりしますね」

これを小久保さんは”水鏡”になぞらえて「水が揺れているとき、水面は鏡にはならないんですが、無風状態になると、水面が鏡のようにこちらを映しだしてくる」と言い、ナチュラル・クワイエットの大切さを改めて説く。
「こうして音をメモしたものを、人工の音はA、自然の音はB、とグループ分けしてもらう。そして、全体の音のうちBが占める割合を”ナチュラル・クワイエット度数”として出してもらうと、放送大学の教室では人工音がほとんどで、自然音は10%とかになってしまう。こうした現実をわかってもらったうえで、”ナチュラル・クワイエット度数が100%のところを探しに行ってみてほしい”と言うようにしています。そういう意識が生まれると、旅するときにしても、環境の捉え方が大きく変わるんです」
あなたが今まで訪れた海に、”ナチュラル・クワイエット”はありましたか?

ジャマイカ・モンテゴベイの 波音の”無音”
最後に、長きにわたり数多くの海を音の側面から見てきた小久保さんに、印象的だった海について聞きました。
「”波音評論家”としては、ジャマイカのモンテゴベイの波の音がベストなんですよ。聞いてもらうとわかるんですが、”ザブーン”と波が来るじゃないですか? そうすると”シュワー”って白波が立って引いていく。引くと同時に、次の波が来る……というサイクルなんですが、引く波と次の波がぶつかるときに、音が止まるときがあるんです。音的に言えば、無音の状態。そして、また波の音が来る。この無音の状態を持つ波の音というのは、ここでしか録れていません。九十九里浜(千葉県)みたいに大きな浜だと、無限に波が来るので無音の状態はないんですが、モンテゴベイのような小さな浜だと、一つの波が来て、また次の波が来る、という規模感なので成立するんだろうなと思っています。ちなみに、第2位は沖縄県北部の奥間(国頭村)のビーチで、ここも小さな浜です」
クロード・モネの展覧会における館内音楽を委託された折には、フランスへ渡航し、モネがたびたび滞在し、数々の絵の題材にもなっているエトルタの浜辺にも訪れた。
「エトルタの海は、砂浜ではなく、砂利浜。砂みたいに砕けていない、角の取れた砂利の浜。なので、ザブーンと波が来て、シュワーっと白波が立ったあとに、砂利がコロコロ転がる音がするんです。あれは気持ちの良い音で、ビックリしましたね。東京の御蔵島にも同じような砂利浜があると聞くんですが、まだ行けてないので、ぜひ訪れてみたいですね」

小久保隆(こくぼ たかし)
1956年、東京都出身、山梨県在住の環境音楽家、サウンド・デザイナー。80年代から自身の単独作品を発表し、六本木ヒルズアリーナの環境音楽や横浜市のサウンドロゴなど委託制作も幅広く行う。
Website
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IG : https://www.instagram.com/takashi_kokubo/