「海の未来」を聞く vol.1
Eli Horn(イーライ・ホーン)

(Galerie Robertson Arès)
『Water Body』シリーズ
カナダ・ソルトスプリング島在住のアーティスト、イーライ・ホーンさんは、木の枠に開いた小さな窓から波間をのぞくシリーズ『Water Body』を2025年に発表し、数々のメディアでその作品が取り上げられてきた。今回、シリーズ制作に至った経緯や背景、そして海の未来について聞いた。
「私はカナダの太平洋岸にある田舎の島、ソルトスプリングに住んでいます。常に海に囲まれていることもあって、海の波を無性に撮影してしまいます。海の景色は日常の一部でありながら、その美しさに飽きることはありません。今では、スマホで撮影した海の動画がたくさんあります。『Water Body』 シリーズは、私が深く愛する波を共有するために生まれたもので、海を小さな窓のような“物質的なオブジェクト”として提示したいと考えました」
『Water Body』シリーズの映像はすべてiPhoneで撮影され、ループ再生時に継ぎ目が目立たないよう長さを整える以外、編集は施されていない。装置は、きめ細やかで滑らかな映像表現を可能にする高密度IPSディスプレイ、メディアプレーヤー、タッチセンサーによって構成され、窓を思わせる特注の厚みのあるフレームに収められている。
木肌の細やかな広葉樹・カバ材を用いたフレームは、メディアプレーヤーというデジタルな装置を、より工芸的な存在として立ち現れさせるために設計したとのこと。たとえば、パネルの比率、奥行き、仕上げに細心の注意が払われ、単なるスクリーンではなく、“窓”として立ち現れるよう工夫がなされている。


「私の作品では、海は岸辺(あるいは船上)から経験されるものとして立ち現れます。この視点から見た海は、水平線へと果てしなく広がる地平であり、私たちが方向感覚を得る基準となります。波は秩序と混沌の間でうねる緊張をはらんだ表層であり、そこにはパターンと新しさが同時に現れます。それは体験そのものの形を象徴するメタファーであり、明るい空を映し出す鏡のような存在です」と、イーライさんは語る。
寄せては返し、終わることなく繰り返される波。しかし、そのたびにわずかに異なる表情を見せる波から目が離せなくなり、気づいたらひきこまれている。そのような体験に、人々は時代や国を越えて出会ってきた。『Water Body』シリーズは、誰もが知っているはずの光景の中に潜む、心が揺さぶられる瞬間を呼び起こす。
「私は直接経験される現実と、それを象徴化したイメージとの緊張関係に関心があり、この緊張がどのように体験を形作るかについて常に考えています。作品自体が特に海について何かを語ろうとしているわけではありませんが、もし海というレンズを通して捉えるとすれば、私のメッセージは『あなたは、本当に海を見たことがありますか?』といったものになるでしょう」
船や岸壁で暮らした幼少期
「私は3歳になるまで、両親とヨットで暮らしていました。その後何年も、私たちは海からわずか数メートルの岩の上に建つ、まさに小屋としか言いようのないような住居で暮らしていました。私たちは岩の上に座って波を眺めたり、嵐の時にはポーチに身を寄せたり、干潮時には潮だまりを探検したり、入り江で貝殻を拾ったりしていました。海はいつもすぐそばにあり、その“機嫌”によって世界が大きく左右されているように思えました」と、イーライさんは幼少期を振り返る。

海のさまざまな表情を見つめながら育った経験から、彼は海にどのような想いを抱いてきたのだろうか。
彼は海の存在を、「火と似ているが異なるもの」と語る。
「海は、さまざまなものを象徴します。先に述べた私自身の限られた経験の中では、海は火に似たものを象徴していると思います。それは神秘的で畏れるべき自然の力であり、静かな美しさと命を奪う破壊の両方を内包しています。しかし、火は封じ込められ、制御され、再現できるのに対し、海はあくまで“自然”のままであり、私たちはそれに合わせることしかできない存在です」
イーライさんが海の制御不可能性を語る時、その言葉の重みは、彼自身の幼少期の体験に支えられている。私たち人間が海のルールに組み込まれた存在であることを、身をもって知っている。それは「海の恐ろしさ」や「海の豊かさ」においても同様である。彼の語りは、一般論とは異なる特有の重力を帯びている。

「海がどれほど恐ろしいかは、私たちが海のパターンをどれだけ理解し、遭遇したときに生き延びる備えができているかにかかっています。また、海がどれほど豊かであるかは、生物の量や多様性だけでなく、文化のなかでどれほど響き合う意味をもつかにも影響されます。気候が不安定になり、海が予測しにくくなるにつれて、海は全体として一層恐ろしい存在になっていく可能性があります。海の豊かさは、私たちがどのように海と関わるか、そしてどれほど詩的な経験を持ちうるかにかかっているのだと思います」
経験自体を深める芸術を作り出す
最後に、「海の未来」についてどう考えるかを聞いた。
「芸術は象徴を生み出す営みであり、それは私たちが自然をとらえるときのイメージや意味の枠組みと響き合います。その意味で、芸術には海への関心を呼び起こし、私たちにとっての海の意味をより深く、広くしていく力があると信じています。しかし同時に、芸術や文化は同時に私たちを経験から遠ざけてしまう側面も持っています。イメージや表象があふれている現代において、世界や自分自身を直接経験することが難しくなっているという危機感を私はもっています。経験を遠ざける芸術ではなく、むしろ経験自体を深める芸術をどう創り出せるのか。それは芸術にとって根本的な問いであり、私が絶えず向き合い続けている課題です」とイーライさんは話す。
海での深い経験と詩的な視座を携え、制作に向き合い続けるイーライ・ホーンさん。海の未来は、私たち自身が経験を深く見つめ、心に残る“詩のような経験”として捉えられるかにかかっている。

Eli Horn(イーライ・ホーン)
1986年生まれ。ソルトスプリング島を拠点とするカナダのビジュアルアーティスト。グラフィックデザインとプログラミングの経歴を活かし、アナログとデジタルメディアを横断する多分野にわたる実践を展開している。表面と深層の間の緊張関係、直観的な理解を超えた境界領域と感情を探求している。
HP : elihorn.ca
IG : @elihorn_