「海の意味」を聞く vol.6
ペッカ・ニイッティヴィルタ&ティモ・アホ(アーティスト)

The intersection of people, nature, and technology
風景を貫く光の線。これはフィンランド生まれのアーティスト、ペッカ・ニイッティヴィルタとティモ・アホによるインスタレーション作品『ラインズ』だ。彼らは人間と自然の関係がもたらす影響を探求しながら、未来の海水面を示す線を描く。その作品は海面上昇が沿岸地域やそこに暮らす人々、土地の利用にどのような影響を与えるかを考えさせるものだ。
“What are the points of intersection or commonalities where humans, nature, and technology converge? I wanted to explore and express the possibilities of that. And as I contemplated this interactive relationship, the ebb and flow of the tides came to mind as a concrete example of the interaction between nature and humans. That realization evolved into this work. “As I was conceptualizing the work, I was struck by the reality of planetary-scale climate change, the issue of rising sea levels, and above all, just how powerless—or hopelessly vulnerable—we are in the face of the vastness of the ocean,” Timo replied.
視覚表現としては意外なほどミニマルに落ち着いたと、二人は振り返る。そしてそれは、長い時間をかけて交わした対話が生んだ成果だと続ける。二人は幼少期よりエクストリームスポーツを通じて知り合い、長い付き合いを重ねてきた。作品を構想しはじめた時期、ティモはスコットランドのグラスゴー美術学校で彫刻やインスタレーションを学び、ペッカはすでに写真表現を行うアーティストとして活動を行っていた。そして物理的に離れていた彼らをつなぐ存在、海を表現の題材に選んだ。海辺のコミュニティ、海が生活に与える影響などについて長く議論を重ねたものの、その過程で余計なものをすべて削ぎ落とすことにした。
人間がここに住むことは難しくなる
今回はインタビューとともに『ラインズ』を制作してもらった。設置場所はフィンランド初の精神病院「ラピンラーティ病院」跡。現在はメンタルヘルス、アート活動、ウェルビーイングの発信地「ラピンラハデン・ラハデ(Lapinlahden Lähde)」として市民や観光客に広く開放されている。なかでもヘルシンキに現存する最も古い公衆サウナの一つは人気も高い。その一角にある元発電所に引かれた線を見て、その位置の高さに驚くことだろう。それは現在この地で営まれているすべてがやがて失われる可能性を示すからだ。

「2110年に最悪のシナリオが現実化した場合の海水面を示しています。現在、ここは地表からおよそ2m弱の位置に海面がありますが、2110年にはおよそ4m10cmの位置に変化する予定です。もちろん水位は私たちの暫定的な計算にすぎず、どの程度になるかは完全に確定していません。しかしもっと早くこの水位になる可能性もあります。この予測には暴風雨や洪水などへの考慮も含まれ、計算に組み込んでいます。高潮による高水位のラインを示すもので必ずしも常に水没するわけではありませんが、ある種の基準となる高さを表現したものです。つまり、人間がここに住むことは難しくなるでしょう」
2018年、二人はスコットランド西部のアウター・ヘブリディーズ諸島で最初の『ラインズ(北緯59分、西経57度16分)』を発表した。インスタレーションを設置したロックマディの「タイ・チェアサバグ・ミュージアム&アーツセンター」は海抜の低い地にあり、今後予測される海面上昇で施設の拡張はできないとしている。以降も世界各地で、さまざまな未来の水位をもとに作品発表を行ってきた。

「近年は美術館などと協力して作業を行うこともあり、話し合いのうえでロケーションを決めています。つまり、常に(作品を設置する)場所は存在するのです。ただ、どこで、どのように、そして何が『正しい場所』なのか。つまりコントラストを生み出せる場所なのか、を私たちは重視します。ちなみにフィンランドは満潮時と干潮時の差がほとんどないので採用していませんが、海外ではその場所の太陽の動き、潮の満ち引きをトリガーにして点灯させることもあります。照度センサーからリアルタイムの情報を得られるような状況であれば、満ち潮のリズムと作品を連動させることもあります。これまでに夜間の干潮時のみ点灯させる、といった方法をとることもありました」
潮の干満が起こす劇的な変化は、すでにそこら中で起こっている。そしてそれは海の影響によることを、多くの人は知らない。海に囲まれている日本は影響を強く受けており、激しい雨が降り、嵐に見舞われ、天気が荒れる現象は今後ますます増えていくことが予想される。そのように話すティモはさらに、太平洋に影響を及ぼすエルニーニョ現象の影響はフィンランドにも及んでいる可能性があると言及する。「たとえ遠く離れていても、その影響は想像以上に遥かに広範囲に及んでいるかもしれません」という。


非常に恐ろしい海は美しい光景でもある
フィンランドの国土はほぼ平坦で、氷河に削られて形成された湖が無数に点在する。南部は地中海であるバルト海に面する。深度は浅く、高緯度のため水温が低いので蒸発量が少なく、流入河川の多さや外海へのつながりが非常に狭いため塩分濃度は低い。そのため冬になるとフィンランド湾は完全に氷結する。それゆえフィンランド人の一部は、自国が大海原に面していないことで海への危機感がやや希薄であるように感じるとペッカはいう。
「フィンランド人はバルト海をしばしば『湖』として語ります。確かに小さな水域で、大洋の持つ大きな力や危険性は日常的なものではない。湖が多いフィンランドは、海を湖の延長のように捉えている側面もあります。大洋から遠く離れているため、私たちは激しい波を意識することがないのです。日本の映画会社はタイトルロールに波を登場させます。フィンランドにも波はありますが、あのような波が起こることはありません。地殻プレートが大きく動き、地震が起こることもない。しかし、そうした自然の力を忘れてはならない。ここでも嵐が吹き荒れることがあるのだということを心に留めておくことが重要です。冬を迎えると、バルト海は非常に寒く恐ろしい場所になる。ただ、同時にそれは美しい光景でもあります」と、ペッカは続ける。
線を引くことで人々の想像力を刺激する
『ラインズ』は非常に強いメッセージ性をもつ作品だ。二人はこれを純粋なアート表現として考えているのか、警鐘(けいしょう)的なメッセージ性を強く打ち出した作品と捉えているのか。
「その両方です。ミニマルな表現なので、視覚的、審美的な体験としてあまり響かないこともあるかもしれません。しかし削ぎ落としたあとに残るのは、意図と要素のみです。そこで『意味』が強く際立つ、あるいは必然性が立ち上がるのではないかと漠然と感じています」とティモ。
この作品『ラインズ』を、夜通し明るい東京で行うとどうなるのか。二人は言う。
「他の光がない場所でこそ、最も効果を発揮する作品なのかもしれません。一方で興味深いことに、他の街灯とコミュニケーションを取ることができるとも考えられます。そもそも『ラインズ』はそうした光から派生した作品で、因果関係のようなものがあるのです。この作品は広告や過剰な消費の視覚的言語である光という『記号』を使い、ある意味で街に属する存在とも言える。しかし街に溶け込みたいと願いつつ、実際にはそこにあることをあまり望んでいないという矛盾した側面を抱えた作品でもあります」
「やはり『線が光る』ということに非常に大きな意味があるのではないかと思います。線には意味がある。たとえば境界線を引くこと、区分けをすることのように、そこには確かに明確なメッセージがあるのです。線を引くことで人々の想像力を刺激し、何かの可能性が開かれるという側面もある。つまり線を引くという行為は創造の世界を開くことにつながります」とペッカはいう。

「私たちにはおそらく、硬い線がぶつかり合うようなものよりも、動きがあり、なんだか消えてしまいそうな柔らかな線が必要なのかもしれません」と、ティモ。最後に二人が考える「海の意味」を聞いた。
「海にはいろいろな意味があります。ある人にとっては生計の糧であり、ある人にとっては遊び場である。海辺でくつろぎ、楽しい時間を過ごすこともあります。海がなければ、私たちの生命そのものが存在しない。個人的な話をすると、私にとって海辺のない街で暮らすことはいつも辛いことでした。息苦しい気分になる。なぜ、海のない街で暮らすことができないのだろうと自問することがあります。地平線がない。それは私にとって自由という概念がないことと同義です。フィンランド語で言えば『眺めの悪い場所』。海への眺望がないところに暮らすと、なぜだか自分が孤島にいるような気分になるのです」

Pekka Niittyvirta
1974年フィンランド生まれ。ヘルシンキを拠点に活動するアーティスト。写真や映像を用いて、さまざまな状況や現象を描き出す。伝統的な画像処理技術とともに、デジタル、生物学的、化学的プロセスを組み込むことで、技術や情報社会が抱える問題に取り組む。その作品は社会、技術、環境、あるいは金融市場を取り上げながら、人間の行動がもたらす結果をテーマにすることが多い。
Timo Aho
1980年フィンランド生まれ。サイトスペシフィックなインスタレーション、彫刻などを発表するアーティスト。社会構造や信念体系を通じて私たちの環境を探求する作品は光や空気といった儚い要素を含め、幅広い素材やメディアを用いる。現実と虚構の微妙な境界線を考察し、繊細な表現でこれらのテーマに挑む。